映画『The Impossible/インポッシブル』レビュー“感動的な一つのドラマと隠された無数のドラマ”

 スペイン人のJ・A・バヨナ監督にユアン・マクレガーとナオミ・ワッツが出演したドラマ。2004年のスマトラ島沖地震による津波に巻き込まれたスペイン人家族の実話を、設定はイギリス人家族に変えて映画化。本作においてナオミ・ワッツはアカデミー賞主演女優賞やゴールデングローブなどにノミネートされる。日本公開は2013年6月14日。

ストーリー;イギリス人の妻マリア(ナオミ・ワッツ)とスコットランド人の夫ヘンリー(ユアン・マクレガー)はルーカス、トーマス、サイモン3人の子供とともクリスマス休暇をタイのリゾート地カオ・ラックで過ごしていた。家族が浜辺近くのホテルのプールで遊んでいるその時、スマトラ島沖を震源とする大地震による津波が襲う。マリアとルーカスは共に津波に流されマリアは大きな怪我を負ってしまうも、現地の住民の助けもあり病院に搬送されることになる。一方夫のヘンリーはトーマス、サイモンととも生き残るも彼自身も足に怪我を負ってしまう。巨大な津波によって引き裂かれた一つの家族はお互いの無事を信じながら必死に生き抜こうとする。
947298_198429566971068_1137239376_n感想;3.11以降に生きる我々日本人がこの映画を無感情で観ることはおそらく不可能だと思う。津波が押し寄せるシーン、患者で埋め尽くされる病院、戸惑い呆然とする人々、そこに描かれるシーンの多くはあの日の東北でもあり、この映画の観客はあの日テレビの前で呆然としていた我々でもある。ストーリーは至ってシンプル。これまで映画でTVドラマで小説であらゆる物語フォーマットで語られてきた“無慈悲な力で引き裂かれた一家の愛と勇気の物語”である。スマトラ島沖地震による津波を扱った映画ではクリント・イーストウッドの『Hereafter/ヒアアフター』があるが、津波が押し寄せる映像については本作の方が主観的に描かれているため見ていられない人もいるだろう。映画の中盤、長男のルーカスが病院内で自分に出来る手伝いとして自分と同じように引き裂かれた家族の情報を集めて離ればなれになった家族を引き合わせるシーンには胸を打たれる。この映画には観客に感動を誘うシーンが無数にある。特に家族を持つ人ならばきっと涙することだろう。

津波前の家族、The Impossible

津波前の家族、The Impossible

 しかしこの映画を名作だ良作だというには強い抵抗を感じる。なぜならこの映画には本来避けて通るべきではない重要な要素が欠けているのだ。そのせいでこの映画は“泣ける”映画の域を超えていないし、そもそもそれ以上の作品に仕上げようとする意思が制作側になかったように思えて非常に残念だ。正直なところ不愉快にも思った。結局この映画が、あらすじの西洋人家族が旅先で不運に出会うも結局は家族の絆を強くして家に帰る、という物語以上のものにならなかった理由は、そこで同時進行していた無数の悲劇の存在がまったく無視されていることにある。ホテルのような頑丈な建物に住んでいない地元住民は家もろとも流されただろう。生き残ったものは半狂乱になるか呆然となるか、とにかく普通の精神状態ではいられなかっただろう。家をなくし家族ともバラバラになりながらも救出活動に加わった人もいただろうし、そういった助けの中で主人公家族も助けられたに違いない。しかしこの映画にはそんな本当に絶望した人々は一切描かれない。劇中でわずかにあったタイ語による会話シーンにも字幕がなかったため一体彼らが何を話しているのか観客にはわからない。意図的に排除されているとさえ感じた。これほどまで“西洋”と“東洋”の断然が暗に描かれる映画も最近では珍しい。今更“オリエンタリズム”的批判さえ馬鹿らしく思えた。この映画に出てくるのは西洋人旅行者ばかりである。それがスマトラ島沖地震である必要は全くないし、そこがタイである必要もない。この映画において重要だったことは冒頭で強調される“TRUE”を基にした物語ということだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。上映時間約100分。途中の少年と老婆の会話シーンをほとんど無理矢理押し込むくらいなら、声はなくとも音はなくともそこにいたはずの地元の人々の姿をしっかりと映すべきだったはずだ。たった10分や5分程度の小さなプロットでよかった。それさえあれば涙を誘うような感動的なシーンももう少し正当に評価できたはずなのに。

試練を乗り越えたルーカス、The Impossible

試練を乗り越えたルーカス、The Impossible

 最近ストレスが堪ってとにかく映画でも観て泣きたい、という人にはおすすめできるかもしれない。また一人の少年の成長物語として観てもいいだろう。でも本作で描かれた感動的なドラマの、その裏にある隠された部分こそが本来描かれるべき“TRUE”な物語だということは忘れるべきではないと思う。

 あと本文とは関係ないけど最近の世界公開から日本公開までにおそろしく時間が空くのはどういう理由からだろう。本作もとっくに世界では公開終了し、DVDもブルーレイも既に発売されている状態。日本とアメリカの夏休みがどうとかいう問題では最早ないようだ。とにかくどうにかしてほしいものです。

インポッシブル■メイン_800x600

2 件のコメント

  • はじめまして、インポッシブルのレビューを検索してたどり着きました。
    そして「この映画を名作だ良作だというには強い抵抗を感じる」というレビューに深く共感しました。

    インポッシブルが津波の描写が見事に再現している映画というのは否定出来ませんが
    現地人の悲惨な体験を無視し、西洋人の旅行者の体験だけが強調されているのは、正直疑問に思えます。

    スマトラ沖地震を描いているのに、東日本震災から約一年後に公開されたのは、日本の震災を意識してだと思いますが、被災者の感情を逆撫でするような映画に思えてなりません。

    インポッシブルに対して、同じような感想を持った方が居ると知れてよかったです。

    • OPALさん、はじめまして。
      映画インポッシブルに関しては本当にため息しかでませんでした。
      実際の出来事の映画化というリアリティーに寄り添いながらも、結局は“主人公は死なない”という結論が最初からあった印象でしたね。
      映画としてのリアリティーのない実話を観させられるほどの苦痛はないです。
      感動を押し売りされたようで拒絶すれば人でなしとでも罵られそうな、どこにも出口が見つからない感じでした。
      だから私も同じような感想を持っておられる方がいると分かってよかったです。

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