【映画】『アメリカン・スナイパー』レビュー ”イーストウッド版『ロッキー4』”

クリント・イーストウッド監督作、ブラッドリー・クーパー主演の『アメリカン・スナイパー』のレビューです。イラク戦争で米軍史上最多の160人もを射殺した伝説の狙撃手クリス・カイルの苦悩を描いた本作。「愛国映画」か「反戦映画」かという議論を抜きにしても、緊張感の途絶えない絶品ドラマ。日本公開は2015年2月21日。アカデミー賞への期待も。

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アメリカン・スナイパー

監督:クリント・イーストウッド

脚本:ジェイソン・ホール

原作:クリス・カイル 『ネイビー・シールズ最強の狙撃手』(文庫版では『アメリカン・スナイパー』と改題)

出演:ブラッドリー・クーパー、シエナ・ミラーほか

ストーリー

テキサスに生まれたクリス・カイルは幼少の頃から父親に狩猟を教わり、射撃の腕を磨いていた。そして父から狼でも羊でもない、番犬として生きることを教わった。大人になったクリス(ブラッドリー・クーパー)はカウボーイとして刹那的な快楽に身をまかせる生活を弟と送っていたが、ある日、ケニアとタンザニアのアメリカ大使館が爆破されるニュースに触発され、海軍に志願する。

厳しい訓練の末、特殊部隊ネイビー・シールズに入隊したクリスはバーで出会ったタヤ(シエナ・ミラー)と挙式したその日にイラクへの従軍が決定する。そして戦地に赴いたクリスは狙撃手として目覚ましい活躍を見せ、味方からは「伝説」と呼ばれ、敵からは「悪魔」と恐れられ賞金が掛けられるほどになる。

やがてタヤは妊娠し、息子と娘に恵まれたクリスだが、彼は4度にわたりイラクに従軍し、その度に多くの敵を射殺。戦地で狙撃された仲間の復讐のため、シリア出身の敵の狙撃手ムスタファの殺害を誓った彼はより危険な任務に参加することを志願する。

善も悪もない前線の泥沼にはまり込んだ彼の心は少しずつ確実に蝕まれていく。

レビュー  “これは戦争映画ではなくイーストウッド版「ロッキー4/炎の友情」”

クリント・イーストウッド監督、ブラッドリー・クーパー主演の本作は、全米公開されるやR指定作品ながらもイーストウッド作品としてはもちろん戦争映画史上でも最高の、現時点(2月中旬)で全米だけで3億ドルを超える大ヒットを記録した。そしてアカデミー賞に6部門でノミネートされ、作品賞と主演男優賞の行方には注目も集まる。

本作は公開直後から高い評価を得るも、主人公クリス・カイルの描写を巡って、戦争を美化する「愛国」映画であるか、もしくは「反戦」映画であるかという論争にまで発展し、社会現象にまでなっている。特に映画のプレクレジットシーンで描かれるように、戦場で160人をも殺害した狙撃手を英雄的に扱い退役軍人会などの保守派へ迎合したように見える描写への反発は、これまで『父親たちの星条旗』や『グラン・トリノ』で厭戦的映画を撮り続けてきたクリント・イーストウッド作品には珍しい反応となった。

このレビューでは本作を「反戦」か「愛国」という視点で語ることは避けたいが、全体的には厭戦感が強調された作りでありながらも、最後のプレクレジットで流される星条旗の大集合には、すこし戸惑ったのも事実。クリス・カイルの家族への配慮からのバランスであるとは知っていても、作品の最後に流れるため全体のイメージに大きな影響を与えたことは否めない。

そういったアメリカ的な論争は戦場で殺人者にはなれない日本人には馴染みがなく、個人的にはどうでもいい。そんなことよりもこの映画を見て最初に思い出したのが「ロッキー4/炎の友情」だったことを恥ずかしげもなく告白する次第なのだ。

本作は巨匠の誉れ高いイーストウッド監督作品でアカデミー賞にも6部門ノミネートの名作である一方、『ロッキー4/炎の友情』はゴールデンラズベリー賞8部門ノミネートで5部門受賞するどうしようもない作品である。しかし両者は驚くほどによく似ている。まず『ロッキー4/炎の友情』が敵国(ソ連)からやってきたサイボーグ王者ドラゴへのロッキーの復習物語であるのに対し、本作も敵の狙撃手ムスタファへのクリス・カイルの異常な執着を描いている。そして最初はこの敵味方の構造が明確に隔てられていたのにも関わらず、終盤には加熱する民衆=観衆への違和感が表面化し、やがては敵味方=善悪の境目が不明瞭になる。政治背景を見ても本作は前述した論争を巻き起こしたが、『ロッキー4/炎の友情』もまた当時の冷戦構造のなかで政治論争にまで発展している。

唯一にして致命的な違いとは監督がスタローンではなくイーストウッドだったことくらいだ。『ロッキー』も『アメリカン・スナイパー』も大枠として善悪のない戦いへの熱狂と不信感を描いているが、スタローンはそこに理想的な答えを見出そうとする一方、イーストウッドは泥沼のままで答え探しを一切拒否する。スタローンは戦いで磨かれる男の姿を描き、イーストウッドは戦争で壊されていく男を描く。スタローンは戦いを通して敵も味方も分かり合える瞬間があることを描き、イーストウッドは戦争における理解も共感も全て嘘だと突き放す。どちらが正しいという問題ではなく、この両者の違いのほとんどはアメリカが抱える理想と現実のギャップに由来する。

本作を『ロッキー4/炎の友情』との対比で観ることで、どれほど「反戦」か「愛国」かという議論が無意味であるか、よく理解できる。本作も『ロッキー』も戦いのなかで翻弄される個人の姿を描いているのだ。そもそもイーストウッドは本作で「イラク戦争」について驚くほど何も描いていない。彼自身はイラク戦争に反対する立場でありながら、本作ではアメリカがなぜイラクで戦争をしたのか、という核心部、CIAのガセネタを信じ込み大義なき戦争に突き進むアメリカの姿を全く描いていない。この部分が本作を「愛国」的映画と批判する理由となっているのだが、こういった細部の省略はイラク戦争の肯定を意味するのではなく、あらゆる戦争に潜む同一性を強調するのが目的だ。この映画はイラク戦争云々を描くのではなく、あらゆる戦争が戦士たちを壊していく経緯を描いている。それがたまたまイラク戦争に従軍したクリス・カイルの物語だっただけで、イーストウッド監督はこれまでにも同様のテーマで『許されざる者』や『父親たちの星条旗』を監督している。

『ロッキー4/炎の友情』の最後、激しいブーイングにも負けず敵地で宿敵ドラゴを倒したロッキーには、敵味方を超えて万感の拍手が送られる。そしてひとり息子(のちにグレる)に向けて笑顔でメッセージを送り映画は終わる。一方『アメリカン・スナイパー』の最後、クリス・カイルは歓声を浴びることはない。息子に「ママや妹を守るんだぞ」という言葉を残し人生から退場していく。両者の違いは監督の作家性によるところも当然大きいが、それ以上にアメリカを長く支えてきた強い自己肯定力が現代ではほとんど作用しなくなっていることの証左でもある。それはただの一本の映画の解釈をめぐり、まるでそこにイラク戦争の意義が見出せると思い込んでいる人々や、逆にこれでイラク戦争の不義理が証明されると思い込む人々の右往左往ぶりにも透けて見える。

本作を「イラク戦争映画」として観た場合、描かれるべき重要がポイントが抜け落ちており評価に値しない。しかしこれを一人の人間の苦悩を描くドラマとして観た場合、緩みない緊張感のなかで実在した伝説の行く末を見事に描き切った傑作と言える。

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ということで『アメリカン・スナイパー』のレビューでした。今回も実話を描いた伝記映画ということでネタバレはしません。主人公クリス・カイルは自伝のなかでは160名以上を射殺した行為に対して後悔は全くなく誇りさえに思うと発言しているのですが、同時に彼が戦場を経験してPTSDに罹っていたことも示唆されています。そういった経緯が本作の立ち位置を難しくしているのですが、映画を観るときに政治的なメッセージなど本来は外に置かれるべきもの。戦場での銃撃シーンも臨場感があり、イーストウッド監督作には珍しいCG描写などもあります。映画を観ている途中から「ロッキーだよ、これ」と思ってしまい最後まで頭から皺くちゃなスタローンが離れてくれませんでした。

あとほとんど唯一の苦言なのですがクレジットシーンで音楽を敢えてかけないという判断は気に入りません。上から観客に余韻を強要するようで、「おい、お前はこの映画から何を学びとった?黙祷しながら落ち着いて考えろ」という製作陣の沈黙の問いかけに、うるせーよ、と思ってしまいました。でも素晴らしい作品ですので、オススメです。

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