50年代SF映画傑作選⑧『禁断の惑星』(1955)レビュー

CGとデジタル全盛の今だからこそ押さえておきたいクラシックSF映画を勝手に紹介する50年代SF映画傑作選。今回は1955年公開『禁断の惑星/Forbidden Planet』の紹介です。50年代のSF映画にあって明らかに異質なテーマ、科学技術の発展により肉体を超越した精神と自我の暴走を描く本作。ロボットのロビーのキャラクターだけでなく、シェークスピアの『テンペスト』を下敷きにして遠い未来の予見を試みたエポックメーキングな傑作。

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『禁断の惑星/Forbidden Planet』

監督:フレッド・マクラウド・ウィルコックス

脚本:シリル・ヒューム

出演:レスリー・ニールセン、ウォルター・ピジョン、アン・フランシスなど

ストーリー

宇宙への進出が可能になった2200年代。アダムズ船長の乗る宇宙船は惑星第4アルテアで、過去にこの星で連絡を絶った移民の生き残りとして、モービアス博士を発見する。モービアス博士は救出は不要と述べるもアダムズ船長はアルテアに着陸する。そこでモービアス博士の作った高性能ロボット、ロビーの出迎えを受ける。

モービアス博士とともに昼食をとったクルーは、かつてこの星にたどり着いた人々はモービアスとその妻を除いて、未知の怪物によって殺されてしまったことを知る。そして現在はモービアスの妻も死んでしまい、この星で生まれた娘のアルティラだけが生き残っていた。モービアスはアダムズに宇宙船にも危機が及ぶ可能性があることから直ちにに退避することを求める。

その言葉通りクルーたちの身にも危険が及ぶようになる。そしてこの星が抱える深い闇について知ることになる。

 

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レビュー

『地球の静止する日』のようにこれまでのSF的世界観から一歩踏み出した作品が作られるようになっていた50年代にあって、本作『禁断の惑星』は未来と宇宙という両方の白地図を、心理学的にヴィジュアル化して表現しようとした野心作。現在でも続く、SFが人間の心象世界の再現手法として多く採用されることのきっかけとなった作品であり、その後の影響の大きさは計り知れない。『ストートレック』に多大な影響を与え、ストーリー面では日本の『伝説巨神イデオン』の基にもなっている。

また物語以外でも登場するロボットのロビーはスターウォーズの「R2-D2」の基本となっており、多言語を操り、人間の補佐に徹する甲斐甲斐しさは本作で人気を博し、その後続編である『続・禁断の惑星 宇宙への冒険』も作られる。またアイザック・アシモフが1950年に出版した『われはロボット』で描かれたロボットの行動原理から作成された「人間への安全性」、「命令への服従」、「自己防衛」というロボット三原則をいち早く取り入れており、ロボットは決して主人に逆らわないという設定が本編でも重要なプロットとなっている点も見逃せない。

何より大人も子供も楽しめるエンターテイメントとしてのSF映画という枠組みから逸脱するような、「自我の暴走」という心理学的なテーマに沿って物語が展開していくのが白眉だ。ヴィジュアル面での貢献はロビーにだけ任し、高度に発達した科学技術においては精神が肉体を追い越して、やがては手に負えない実体となってしまうという予見的な未来像は、人類の電脳化とも繋がっているように思える。怪物を使いこなそうとした結果、本人が怪物となってしまうという流れはニーチェ的な問いかけでもあるし、ストーリー構成はシェイクスピアの『テンペスト』をなぞっている。難解なテーマをSFとして分かりやすく再現した本作は、同時代のSF作品群とは明らかに異質な魅力を放っている。

また宇宙船のクルー全員が男で、辿り着いた惑星で出会った無垢で美しい女性に骨抜きにされるという設定も面白い。また主演の船長役にはまだ若かった『裸の銃を持つ男』のレスリー・ニールセンで、このころから美女には目がなかった。

ストーリー展開は地味で派手なアクションも終盤までは登場しないが、特撮でもアルテナ星のセットや潜在意識の映像化など見所は多く、ただ難解な作品に成り下がっていないことも評価できる。背景に力強いテーマを配置しておきながらもSF映画としての醍醐味も同時に表現してみせた作品で、憎悪が肉体から離れ、ネット上に独り歩きをはじめた現代を予見するようで今見ても唸らさせるまさに記念碑的作品。

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ということで1955年公開『禁断の惑星/Forbidden Planet』のレビューでした。やっぱり面白いです。個人的には50年代SF映画の最高傑作だと思っています。ロボット・ザ・ロビーの姿は様々な場面で使用されており、フィギュアでも未だに人気が高く目にしたことがある人も多いでしょうが、是非とも本編も鑑賞してみてください。科学技術の発展によって肥大化した自己が暴走してしまい滅亡したというクレール人の末路や、自我という怪物を解き放ってしまったモービアス博士など、ネット社会の生きずらさを予見するような作品でもあります。何卒ご鑑賞ください。

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