【映画】ブラッド・ピット主演『フューリー』レビュー ※ネタバレページあり

ブラッド・ピット主演作『フューリー』のレビューです。アメリカのシャーマン戦車とドイツのタイガー戦車の、戦いを描いた戦記映画。貴重な実際の戦車を使用したとだけあった、『プライペート・ライアン』に並ぶリアリティーと戦場の痛ましさが詰め込まれた一作。戦争には正義が存在しないことをブラッド・ピット他が熱演。「理想は平和だが歴史は悲惨だ」というブラッド・ピットのセリフが印象的。日本公開は2014年11月28日。

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■ストーリー、前半■ ※ネタバレなし

第二次大戦期、ヨーロッパ戦線の最前線はとうとうドイツ領内へと侵攻していた。しかしナチスドイツは、国民を総動員し抵抗運動を開始。そのなかでもドイツ軍が誇る最強戦車タイガーの戦力は凄まじく、アメリカ戦車シャーマンはすでに多くが破壊されていた。

それでも侵攻を続けるアメリカ軍。

激しい戦闘のあと、前線基地に砲身部に「FURY(憤怒)」と書かれた一台のシャーマン戦車が帰ってきた。その一台の戦車はウォー・ダディ(ブラッド・ピット)と呼ばれる男が率いており、他には「バイブル」と呼ばれるボイド(シャイア・ラブーフ)、トラヴィス、「ゴルド(マイケル・ペーニャ)」と呼ばれる男たちが乗っていた。基地に帰ってきた彼らだったが、さきほどの戦いで共に戦車に乗るひとりのクルーが殺されていた。

そこにまだ入隊して8週間という新人ノーマンが補充員として「フューリー」に乗り込むことになった。何度も死線を越えてきた他のクルー達によってノーマンは子供にしか見えない。

ノーマンを加えた新しいメンバーで再び前線へと向かう「フューリー」だったが、その途中、ナチスの少年兵による襲撃に遭遇。ノーマンが射撃を躊躇したせいで、「フューリー」の前を行っていた一台の戦車が被弾し、ひとりの兵士が目の前で炎に包まれる。殺される前に殺せ、という戦場の掟に慣れていないノーマンに対し、ウォー・ダディーは丸腰となったドイツ兵の捕虜を射殺するように命令する。涙ながらに拒否するノーマンの手に銃を持たせ、ウォー・ダディーとノーマンは後ろから捕虜を撃ち殺した。

まだ年端のいかないノーマンは戦場の掟に戸惑い強い苦しみを味わうが、それでもこの戦場で生き抜くために心を凍らせながらフューリーに乗り込み進軍を続ける。

■レビュー■

世界中に数台しか現存しない実物のドイツ軍最強戦車タイガーが使用されるということで兵器ファンを中心にして早くから注目を浴びていた本作は、戦争映画としてその前評判に違わぬ素晴らしい出来栄えだった。

戦記映画となればどうしてもスピルバーグの大傑作『プライベート・ライアン』との比較は避けて通れないわけだが、本作は大戦の全体を描いているわけではなく、あくまで「フューリー」乗組員たちの経験を描いているので、その分登場人物たちの感情のゆらめきがダイレクトに伝わってくる。そして戦場描写は『プライベート・ライアン』同様にかなり激しい。銃で撃たれてただ倒れる、という生易しい描写ではなく、腕や首が吹っ飛び、体の一部が飛び散り、そこら中に死体が溢れている。そして劇中で新人のノーマンが、最初は激しく拒絶していたそういった戦場の風景に対し、ノーマン同様に観客もまた物語が進むにつれて徐々に慣れていく怖さをまざまざと感じさせる出来になっている。

生々しい戦場の描写を通して、本作では戦争に正義がないことが繰り返し強調されている。視点がアメリカ側にあるため、生き続けるために彼らが取る行動の多くが倫理的には破綻しており凝視に耐えないシーンも多くあるが、それでも戦場の兵士たちをただの粗野な男として描くのではなく、戦争が彼らに粗野であることを強要している背景もしっかりと描いている。特に印象に残ったのが、戦場で正義を通そうとするノーマンに対してウォー・ダディーが冷たく「理想は平和であっても、歴史は暴力だ」と語るシーン。ブラッド・ピット演じるウォー・ダディーは『ハート・ロッカー』でジェレミー・レナーが演じた爆弾処理のエキスパートに通じるように、戦争でしか自分を表現できない人間として描かれているが、要所で見せるノーマンへの優しさからも彼にもノーマン同様の葛藤を経験した過去が暗示されており、だからこそ「理想は平和であっても、歴史は暴力だ」というセリフに説得力が生まれる。

映画としての見どころでは、物語後半にあるタイガー戦車一台対シャーマン戦車三台の、戦車戦は見応え十分だった。戦車戦というのは派手ではなく地味に過酷であるという、一見すると映画の見せ場としては難しい設定ながらも、一台また一台とタイガー戦車に葬り去られていく能力差のおかげで張り詰めた緊張感が漂っていた。そしてブラッド・ピットを筆頭とする役者陣も素晴らしい。特に私生活で何かと問題のあるシャイア・ラブーフの演技は、どこまでが 地なのかわからないほど役に入りきっていた。

物語の中盤から、それまで戦場によって狂った兵士たちとして描かれていた彼らの弱さや優しさを描こうとするための場面設定において強引な展開が気になったのは残念。作品のテーマ上、『ワイルド・バンチ』のような「ここでお前らと死ねて最高だぜ」なラストは無理でも、戦争に善悪はないという描写はそれまでも十分になされている分、それを引きずった物語の終わり方が急にファンタジーに思えた。

それでも、戦場を家とし兵士を仲間だとすることの関係性の行くつく先が人間にとっての袋小路であることは十分に描かれていた。

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※次のページにストーリー後半のネタバレあり※

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