映画レビュー|『しあわせはどこにある』-サンクチュアリみたいなこと言ってんじゃねーよ

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『ショーン・オブ・ザ・デッド』のサイモン・ペグ主演のハートフルコメディ『しあわせはどこにある』のレビューです。フランスの精神科医フランソワ・ルロールの小説『幸福はどこにある 精神科医へクトールの旅』を原作とし、「幸せとは何か」という問いの答えを探し、世界中を旅する医者の姿を描く現代版「星の王子様」ともいうべき一作。日本では2015年6月13日により公開。

『しあわせはどこにある/Hector and the Search for Happiness』

全英公開2014年8月15日/日本公開2015年6月13日/アメリカ映画/119分

監督:ピーター・チェルソム

脚本:マリア・フォン・ヘランド、ピーター・チェルソム、ティンカー・リンジー

原作:フランソワ・ルロール著『幸福はどこにある 精神科医へクトールの旅』

出演:サイモン・ペグ、ロザムンド・パイク、トニ・コレット、ステラン・スカルスガルド、ジャン・レノ他

あらすじ(ネタバレなし)

精神科医のヘクター(サイモン・ペグ)は美しい恋人クララ(ロザムンド・パイク)と何不自由ない暮らしを営んでいる。しかしある頃から、日常に疑問が芽生える。精神科医として患者と向き合う中で、一体何がしあわせなのかわからなくなってしまうのだ。幸せそうにはしゃぐ患者はしあわせなのか、ふさぎ込む患者はふしあわせなのか、そもそも自分はしあわせなのかすらわからなくなってしまう。

そしてヘクターは子供のころ、世界を旅することを夢見ていたことを思い出す。そして「しあわせとは何か」という疑問に対し自分なりの答えを見つけるために、中国、チベット、アフリカ、そしてかつて学生時代を過ごしたロスを旅する。各地での様々な経験を通して、ヘクターは「しあわせ」の本当の姿に近づいていく。

レビュー

旅が人を賢くするという勘違いの物語:

かつて旅をすることが推奨された理由はいたって明確で、住み慣れたここではない場所を訪れ、世界の広さを体感し、全く違う文化に触れ、そこに暮らす人々の生活を垣間見ることで、本物の知識を得ることができると考えられていたからだ。多くの宗教が巡礼を推奨し、「可愛い子には旅をさせよ」という言葉がことわざとなるように、旅を通して得られる知識とは、本質的であって複製や移植が不可能なものとされていた。

しかし現代においてこの考えはどこまで真実と言えるのか甚だ疑問だ。

若い頃世界を旅して実業家となり、今では政治家にまで上り詰めた人物が、理解不可能な「しあわせ」理論を従業員に押しつけ、お客様の笑顔のためには自分の時間を犠牲にすることを是とする考えを、真顔で、しかも高圧的に話す姿を度々見かけることがある。彼が旅から得た知識とは、本当にかつて信じられたような種類のものだろうか疑問に思う。旅を通してでしか得られない稀有な経験がそこにあったのだろうか。別に他人の例を挙げなくてもいい。私はかつてパスポートにこれ以上ハンコが押せなくなるほどに海外に出向いていたことがあるし、この文章もまたその延長線上で書かれたものといえる。人より旅する機会に恵まれていながら、自分が旅を通して「本物」の知識を得られたとは到底思えないし、旅に出ていない他人より賢いとも思えない。チベットに行けば人生の真理に気がつくとか、アフリカに行けば人生の本当の価値が分かるとか、現在においてはくだらない冗談にしか聞こえない。

かつて旅に出るという行為が特別視された理由は、単純に世界はあまりに遠くに存在し、そこを旅してみたいという願望を現実化すること自体が一大決心であり、ともすれば二度と戻れない可能性もある冒険だったためだ。インターネットとスカイプを手にした現代における旅の意義というものは、前述したような旅をめぐる過去の状況との比較においてはほとんど無意味な幻想でしかなく、現代においても旅に出ることで賢くなれると思うのは、かつての特別だった時代の名残にしがみついているに過ぎない。

そして本作『しあわせはどこにある』はまさに旅が賢さをもたらしてくれるという過去の幻想に取り憑かれた、薄っぺらで、説教じみた、中身のない教訓の連続によって語られる、ほとんど拷問ともいうべき2時間の消耗だった。これまで常に出演作を追ってきたサイモン・ペグの主演作という事情も重なり、残念を通り越して本作を観なかったことにしたいとさえ思わせるほどの内容だ。

サイモン・ペグ演じる精神科医のヘクターは、自分の患者の悩みを解決することが求められているにも関わらず、自分が「しあわせ」についてほとんど無知であることに気がつく。精神科医として何不自由ない生活を送り、美しく理解ある恋人にも恵まれている彼も、実は患者と同じように「しあわせ」というものの意味を理解できないでいた。そして彼は子供の頃の夢がそうだったように、中国からチベット、アフリカそしてロスをめぐる旅に出発し、行く先々で様々な人々と出会い、「しあわせ」を知ることのカギとなるような言葉を手帳に残していく。

つまり彼は旅を通して、本や自宅では得られない本物の知識を得ようとしたのだ。かつて多くの世界で推奨されたように彼は旅に出ることで、様々な人々との出会いを通し、その答えが見つけられると信じていた。

ヘクターの旅の途上で出会う人々は、金持ちの銀行家、麻薬王、犯罪組織のボス、そして昔の彼女。演じるのはステラン・スカルスガルド、ジャン・レノ、トニー・コレットなど名前の知れた俳優ばかりなのに、どの役柄もバカみたいに直情的で、突発的で、物語のテーマに沿ってでっちあげられた中身のない存在でしかない。おそらくは本作はサン・テグジュペリの「星の王子様」を模しているのだろうから、それがデフォルメされた寓意であることが悪いわけではないが、誰もが「しあわせとは?」という疑問を投げかけられた途端にそれまでの人格を一気に変更してしまうのはどういうつもりなのか。

そして物語の終わりにヘクターが導き出した「しあわせとはなにか?」という疑問への答えも驚くほどに薄っぺらかった。そんなことは観ている我々は本編の出だし部分で気がついている。なぜこのような結論に至るために2時間も必要だったのか。なぜわざわざヘクターは旅に出なければならなかったのか、全くわからない。90分の映画どころか、30秒CMにさえ短縮出来そうほどに、中身がない。

ヘクターは確かに旅をして「しあわせ」について色々と考えたのだろうが、その結論を見るに、その旅によって彼が本当にその答えへと至ったのか、この映画を見るだけではわからない。映画の最初を最後をつなげて、中身をごっそり削除したところで、この映画の価値は変わらない。

現代においても旅で得た知識や経験が無上の存在だと思い込むことは滑稽であり、精神科医という繊細の仕事に就く人物なら尚更、それを人に押し付ける危険性も出てくる。サイモン・ペグは見るからにいい奴だが、「旅して、俺、変わりました」とのたまうような医者の面倒にだけはなりたくないと思う今日この頃だ。

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ということでサイモン・ペグ主演のハートフルコメディ『しあわせはどこにある』のレビューでした。確かにハートフルなコメディですが、内容が教訓的なものであるため、その中身の薄さには厳しい姿勢で臨まなければなりません。細部の突っ込みどころは満載ですが、それは寓意性の高い映画、ということで見過ごすにしても、単純に映画としてつまらないです。期待した分、これは怒りに近い感情をもよおさせるのです。今年は特にサイモン・ペグ関連映画をよく観たし、これからも観ることになるのですが、これは全く話になりません。何を言っても悪口になるのでもうやめますが、最後に一言。えー、旅に出るだけでは、人は、賢く、なりません。以上。

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