映画『マッキー/Makkhi』レビュー “主人公はハエ”

 話題のインド映画『マッキー/Makkhi』を観てきました。主人公はハエ。もしデヴィッド・クローネンバーグが、こてこてのインド人だったなら、きっとこんな映画を撮るんでしょう。インド映画の王道を踏まえつつも、おいそれボリウッドへは追従しない気概も感じました。本作はインド映画ですが、ボンベイ資本で作られるボリウッド映画ではなく、主にハイダラバード資本で作られるタミル/トリウッド映画(多くはテルグ語が使われるため)です。日本で紹介される多くのインド映画はボリウッドですので、本作を紹介するときにも、先行するボリウッド作品の延長で語られる場合があるけど、インド内では両者は決して交わりません。ボリウッドとトリウッドは、巨人と阪神、お好み焼きともんじゃ焼き、猫派と犬派、くらい仲が悪いのです。
 と、まあそんなことはどうでもいいことです。大事なことは、本作、最高でした。

ストーリー:金持ちではないけど気のいい青年ジャニは、マイクロ・アーティストであり慈善運動家でもあるビンドゥに恋してから2年にもわたりあの手この手で彼女の気を魅こうと懸命に頑張る。ビンドゥはジャニにつれなく振る舞うも、徐々に彼の優しさに気づきはじめる。その頃、建設会社の社長で、これまで汚い手を使ってのし上がってきた男スディープは、ふとした偶然からビンドゥに一目惚れする。これまで欲しいと思ったものは、時には殺人を犯してでも、手に入れてきたスディープはビンドゥも我が物にしようと画策するも、すでに彼女はジャニのことを好きになっていた。そのことを知ったスディープは、お互いの想いが通じた直後のジャニを拉致する。スディープに暴行されるジャニは、彼の目的がビンドゥにあることを知ると、「彼女に近づくと、殺す」と警告するも、呆気なく殺されてしまう。
 しかしジャニ、の怒りに燃えながら奪われた魂は、近くに産み落とされていたハエの卵に憑依、そしてジャニはハエへと生まれ変わって、愛するビンドゥを守り、そしてスディープへの復讐を開始する。

人間だったジャニ(右)とヒロインのビンドゥ

人間だったジャニ(右)とヒロインのビンドゥ

レビュー:これまでもハエが主人公と同化した物語は作られてきた。有名なのは『ハエ男の恐怖』(1958年)とそのリメイク版のクローネンバーグ監督作『ザ・フライ』だろう。後者の方は子供の頃テレビで観て、本当に怖かった。どちらもグロテスクで救いようのない話になっている。当たり前だ。主人公がハエになってしまうのだ。クローネンバーグが異常という以前に、題材そのものが異常であり、どこへ転んでも気分の滅入るものなるのが普通だ。
 が、しかし、インドでは話が違った。そもそもインドとは、何でもありの国である。インド国内で一番人気のある神様は、マリファナばかり吸っていて、機嫌が悪いと自分の子供の首を切り落とし、それに罪悪感を感じると今度は象の首を息子にくっつける始末だ。とにかく我々のこまごました想像力の遥か彼方にインドはある。というわけで本作では、ハエが復讐に燃えては歌を歌って踊りまくる。主人公は、殺されてハエに生まれ変わってしまったという、それだけでも心砕けるような悲劇にも関わらず、あっさりと受け入れるという無限大のポジティブさ。本当にそれでいいのかと心配してしまう。でもそれでいいらしい。

 これは復讐の物語である。我々人間がハエを忌み嫌う特徴の全てが、復讐のために活かされる。耳元を往復する悪意の固まりのような羽音。蚊とは訳が違う俊敏さ。大事な物を見透かしたようにたかってくる強欲さ。それらが本作では復讐の有効な手段として観客にカタルシスを与える。ここで観客は倒錯の快感を覚える。映像的視点も、途中からはハエが見る世界に切り替わり、それまで誰もが嫌っていたはずのハエの視点に感情移入してしまう。クローネンバーグの『ザ・フライ』がハエになることで人間性を徐々に失っていくことの恐怖を描いていた反面、本作はハエになることでよりその人間性が強調されるという効果を狙っている。もちろんホラーとコメディーの違いは大きいが、出発はほとんど同じでありながらここまでの落差を感じられる対比も珍しい。また本作では途中に何度か、ガラスや釘が人体に突き刺さる描写がかなりリアルに描かれている。この手の残酷さの出所は、ボリウッドへの挑戦なのか、それともクローネンバーグへのオマージュなのか、きっと両方だろうと思う。

 本作『マッキー』はインド映画らしく、分かりやすいストーリーと分かりやすい4部構成、善人と悪人は明確で、歌も踊りもある。ハエという忌み嫌われた存在が、その理由をもってして復讐を貫徹する。この見事な倒錯に拍手。そして物語の終盤にはハエであることの悲しみに向き合った主人公ジャニは、その悲しみを推進力にしてビンドゥを守り、スディープに復讐する。その姿は本当に、泣ける。ハエに泣けるのだ。それだけで、これまでにない映画体験が味わえると言ってもいいだろう。

 

 *ネタバレ注意。以下、ネタバレします。まあ、結局は復讐するんだけど、そのネタバラしますので、まだ劇場で鑑賞されていない方、鑑賞予定のある方はここでさようなら。繰り返します、ネタバレ注意* 

スディープ、とにかく悪い奴です

スディープ、とにかく悪い奴です

 

 ハエに生まれ変わったジャニは、スディープが車を運転中に強襲、彼のハンドルミスを誘い事故を誘発させると、フロントガラスに「お前を殺す」という文字を書く。そしてビンドゥには、ジャニを亡くした悲しみに暮れて流した涙を利用して文字を書き、自身がハエとして生まれ変わったことを知らせる。そしてジャニは、自分を殺した犯人がスディープであることをジャニに伝える。ハエとなったジャニはビンドゥの協力を得て、スディープへの復讐を本格的に開始する。マイクロ・アーティストのビンドゥはハエとなったジャニのために、殺虫剤でも耐えられるようにハエ用のマスクとゴーグルを作成、また前足(?)には鋭い爪を装着。ハエのジャニも筋トレをして基礎体力の向上を図る。
 そしてとうとうスディープを部屋に綴じ込めて、彼の息の根を止めたと思ったものの、実はまだ生きていた。そしてスディープは、ハエに生まれ変わったジャニにビンドゥが影で協力している事実を監視カメラの映像から突き止める。そしてスディープはビンドゥをおびき寄せ、彼女を人質にしてハエのジャニをとうとう追い詰める。
 そして最後、羽をもぎ取られたジャニは自身の体に火をつけて、最後の力を振り絞りスディープへの復讐を試みるのだった。

ヒロインのビンドゥ(サマンサ)

ヒロインのビンドゥ(サマンサ)

  ということでおすすめです。ここ最近は小難しい映画ばかり観ていたので、頭を空っぽにして問答無用で楽しめました。決して上映館数は多くないですが、インド映画の常として大きなスクリーンで観ることを強く推奨します。難しことを抜きにして楽しみたい方、笑って泣ける映画をお探しのあなた、この『マッキー』はその希望にきっと答えてくれると思います。とにかくおすすめです!!

 

 タミル映画(トリウッド)の代表はコレ

ハエ映画の代表はコレ

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