映画レビュー|『メイズ・ランナー2: 砂漠の迷宮』-ランナーたちはどこに行く?

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『メイズ・ランナー2: 砂漠の迷宮/Maze Runner: The Scorch Trials』

全米公開2015年9月18日/日本公開2015年10月23日/アメリカ/131分/アクション映画

監督:ウェス・ボール

脚本:T.S. ナウリン

出演:ディラン・オブライエン、カヤ・スコデラーリオ、トーマス・ブローディ・サングスター 、キー・ホン・リー 他

あらすじ(ネタバレなし)

巨大迷路の出口を見つけ、なんとか脱出したトーマス(ディラン・オブライエン)やテレサ(カヤ・スコデラリオ)、ニュート(トーマス・ブロディ=サングスター)たちであったが、姿を現した謎の組織WCKDによって自分たちが“選ばれし者”であり、さらに過酷な運命が待ち構えていることを知る。その“第2ステージ”は、すべての命を死に導く灼熱の砂漠。あちこちに仕掛けられた攻略不能のトラップ、新たな仲間との友情と裏切り、そしてさらに深まる謎がトーマスたちを追い詰めていく。焦土と化した終末世界でサバイバルを繰り広げる中、やがてトーマスは禁断の事実を知ることとなる……。

参照:movie.walkerplus.com/mv58449/

レビュー

脱出のランナーたちは一体どこに向かっているのか?:

大人気ティーン小説の映画化でシリーズ第二弾となる本作『メイズ・ランナー2: 砂漠の迷宮』はタイトルにあるような迷宮(メイズ)は実体としてはもう登場しないが、その代わりとして主人公をはじめとする主要キャラたちが自らの内なる迷宮(メイズ)に迷い込んでいく姿を描いている。

前作で突然脱出不可能な迷路に放り出された主人公トーマスはそこで不思議な少女テレサや仲間たちと出会う。そしてこの理不尽なサヴァイバルの裏には謎の組織が存在し、彼らは自由を求めて脱出を試みる。そして本作では逃げた先の新しい「迷路」での攻防が描かれる。

前作はシリーズ一作目ということや、ターゲットも内容もほぼ重なる『ハンガー・ゲーム』との差別化に腐心するあまりにシリーズとしての特色をうまく出せていなかった。疾走感と緊張感の合わさった主人公らの「走り」が持つジェットコースター的な魅力と、物語レベルで進行するボルヘス的な迷宮の螺旋構造とがうまくマッチしていなかった。走ることがただ逃げ出すことにしか繋がっておらず、張り巡らされたメタファーの数々との関連がわからない。シリーズの序章ということで謎のばらまきが許されても、作品としてはいわゆる「映画」らしさに欠ける続編ありきの作品という印象。

そうなれば本作からが本当の評価対象ということになるのかもしれない。そして率直な感想として、前作から物語は進んだものの物語の展開そのものは前作と代わり映えがしない作品に映った。

あらすじを見ればわかるように、本作の展開とは悲劇→脱出→安定→悲劇→脱出→安定→悲劇・・・・という繰り返しに終始している。それは前作も全く同じ。もちろんプロットの細部では前作と違いはあるが、結局はループしていくという物語構造は何も変わっていない。しかも物語レベルでのループはすでに前作のラストで示唆されており、そして本作のラストも同じように次作での3度目のループを暗示して終わるのだ。これもボルヘス的と言えば丸く収まると思っているのなら続編なんて作る意味はない。原作を読んでいないので想像でしかないが、おそらくこの物語は前述したボルヘスの「迷宮から逃げ出そうとする行為がすでに迷宮的である」という考えに強い影響を受けているのだろうが、ボルヘスが短編で描いたような物語をわざわざ3部作の大長編として描くとか正気の沙汰とは思えない。ふざけているんだろうか。結果、またしても前作と同じ主人公たちが苦しみながら走り回ることだけがメインの映画になっている。タイトルにある「メイズ(迷宮)」は抜け落ち、「ランナー」の方しか登場しない。

しかもやめとけばいいのにゾンビみたいな奴らも登場するし、しかもタイトルに忠実に主人公たちを走らせるために、連中も全力疾走が可能な『28日後…』や『ワールド・ウォーZ』タイプとなっているのだが、この辺りの関連も全然洗練されていない。また劇中に登場する敵側のヘリキャリアーが『ハンガー・ゲーム』に登場する輸送機とそっくり。呆れるのだ。他にも、水も食料もない主人公らが真昼間の砂漠を歩くとか自殺行為にしか見えない。砂漠は夜歩く。じゃないと死ぬ。砂嵐のシーンも『マッドマックス/怒りのデス・ロード』の後では寂しく映る。

と一気に欠点を列挙してみたが、もちろん長所もある。

前作ではそう感じた記憶はないのだが、本作では映像のひとつひとつがしっかりと計算されている印象を持った。特に物語の序盤でひとりの仲間が脱落するシーンで、彼の死を知らせるカットは鳥肌が立つほどに美しかった。ゾンビ系映画ではよくあるシーンなのだが、見せ方が上手い。物語の展開そのものは予告編から大きな飛躍はないのだが、安定した閉所と危険な開放空間との対比も登場人物の心象風景としてうまく表現できている。つまり主人公たちの苦悩や絶望は描かれている。

だからこそ物語レベルでの物足りなさが惜しい。

アルゼンチンの鬼才ホルヘ・ルイス・ボルヘスの作品の多くは短編小説となっている。彼が物語を語るとき、意味のない細部に頼ることはしなかった。だから作品が短い。物語がループするとき、ループのなかに意味がある。意味のない細部の繰り返しではどこにもたどり着けないことを知っていたのだろう。その意味では本シリーズもまたボルヘスの再評価後に世界中で焼き回しされた「ボルヘス」的長編物語という系譜の一作という理解でいいのだろうと考える。そのこと自体が悪いわけではなく、ある意味においてガルシア・マルケスもトマス・ピンチョンもリチャード・パワーズも「ボルヘス」的長編物語作家と言える。ただし本シリーズが彼らのような有能なフォロワーになれるとは限らない。

シリーズの最終的な評価は2017年公開予定の次作に持ち越しとなったが、謎解きだけが前に進んだだけで前作と違った新展開は期待しない方がいい。現実社会との対比も『ハンガー・ゲーム』と比べるとずいぶんと希釈されている。それでもティーン映画としては『進撃の巨人』より評価できる。そこで悪戦苦闘する少年少女たちは『進撃の巨人』の彼らよりも感情移入しやすい。

でも結局は、このレビューにあるように他の作品との比較でしか語れない作品でもある。それを良しとするのかは実際に鑑賞してみるしかない。個人的にはこの手のティーン向け終末映画にはもう十分楽しませてもらった。お腹いっぱいで、さっさとこのループから抜け出してしまいたいと思う。

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ということで『メイズ・ランナー2: 砂漠の迷宮』のレビューでした。うーん、と首をひねってしまうような作品でした。星評価は3つが妥当だとは思うのですが、残念度はかなり高めです。もっと面白くできるでしょう、と思ってしまいました。やってることが前作とほとんど変わっていないし、謎が解決したらまた次の謎って『ロスト』を映画でやるなよという気持ちです。やっぱり映画は映画内で一応の決着はつけてほしいです。でも前作で興奮した人はその水準には至っているのできっと楽しめるでしょう。あと、ミンホがね、、そしてテレサがね、、、という中身は是非とも劇場でご覧ください。以上。

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