映画『MUD/マッド』レビュー “新しい、夏の、少年たちの冒険映画”

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 ジェフ・ニコルズ監督作品で、マシュー・マコノヒー主演の『MUD/マッド』のレビューです。2012年のカンヌ映画祭で絶賛された本作、ラスト30分に男泣き。

ストーリー舞台はアメリカ南部アーカンソー州のミシシッピ川流域の小さな町。14歳のエリスとネックの二人はある日、ミシシッピ川の河口近くに浮かぶ小さな島で、洪水のため打ち上げられて木に引っかかっているボートを発見する。そこを秘密基地にしようとするも、誰かが暮らしている痕跡を発見する。そして二人の少年はマッドと名乗るホーボーのような男に出会う。
 なぜマッドはこんな人気のないところに暮らしているのか?
 そんな問いにマッドは屈託なく答える。実は彼も二人の少年と同じようにこのミシシッピ川のどん詰まりのような町で生まれ育っていた。そしてこの町でマッドはジェニパーという女性に出会い恋をする。手の甲に蝶のタトゥーを入れた美しい女性だというジェニパー。そしてマッドはジェニパーのために殺人を犯してしまう。彼女を妊娠させた上に、彼女を突き落として子供を堕胎させた男をマッドが撃ち殺したのだった。そして今、マッドはこの島で息を潜めながらジェニパーと駆け落ちする計画を練っていた。
 エリスはこの怪しげながらも真っすぐな愛に生きるマッドの計画に手を貸すことにする。最初は難色を示したネックもマッドが持つピストルと交換条件に引き受ける。
 無垢の象徴のような男マッド、冷めきった両親を持つエリス、両親にすらいなく叔父とともに暮らすネック、真っすぐな愛に戸惑い揺らぐジェニパー、マッドに殺された男の父親によって雇われた殺し屋たち、そしてマッドを幼少から知るという謎の老人トム。それぞれの思惑はミシシッピの片隅で交差する。
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感想この映画のあらすじを聞いたときからたぶんこの映画を好きになるだろうと思った。そしてカンヌで好評だった情報や、この映画を語るときに必ず出てくる『スタンド・バイ・ミー』やマーク・トゥエインなどの全部が私の大好物ばかり。海外の映画評価サイトでも高得点をたたき出して、そして監督は『テイク・シェルター』で注目を浴びる若手注目株のジェフ・ニコルズで、主演が最近めっきり育ちの悪い男の役にはまっているマシュー・マコノヒー、脇を固める役者はサム・シェパードにリース・ウェザースプーンに『テイク・シェルター』で喝采を浴び『マン・オブ・スティール』でゾッド将軍を演じたマイケル・シャノンとなれば期待するなと言うほどが無理。しかし待てど暮らせど日本公開の情報が上がってこない。と言う訳で仕方なく海外からDVDを仕入れて、観た。そして泣いた。

 この映画の作りはとてもシンプルだし、テーマも古典的なものだ。田舎の少年が大人の世界で冒険することで一人前の男になる物語。そういった意味で本作は『スタンド・バイ・ミー』であり、舞台がミシシッピであることも『トムソーヤ』や『ハックルベリーフィン』を意識している。ただ個人的には『スタンド・バイ・ミー』よりも93年の映画でケビン・コスナーとC・イーストウッドの『パーフェクト・ワールド』に近いと思った。

 傷を負った少年と無垢であるが故に追い詰められる男。

 こういったメロドラマのなかにのみ存在しそうな寓意的な関係も、それがテネシー・ウィリアムズやフォークナー、フラナリー・オコナーが描きそうな出口のない南部のどん詰まりの世界のなかで描かれると、一気にリアリティーが増す。しかしこの映画は南部ゴシックの雰囲気を画面の至る所に配置しておきながら、性や暴力をほとんど描かない。主題は、現代では語ることさえ恥ずかしく思えるような、純愛だ。無垢な精神で愛を信じ続けたおかげで人生を台無しにしてしまいながらも、それでも愛を信じ続ける男、マッド。
 そして14歳のエリスは初めての恋に呆気なく裏切られるに加えて、両親の関係は冷めきり離婚するのも時間の問題という状況のなかに置かれてしまう。そんなエリスは、マッドを信じる。マッドの愛が成就することを心から願う。自分の信じる愛の形が決して子供じみたただの夢なのではなく、現実の世界で再現可能なものだと強く信じている。もしマッドの無垢な想いが成就したなら、冷めきった両親の関係さえも修復されるかもしれない、とエリスは信じている。エリスにとってマッドは、世界の可能性の象徴になった。だからマッドに手を貸す。殺し屋に脅されようが、盗みを働こうが、エリスは怯まない。その純粋に観るものは心打たれる。

 2時間を超える尺の長い映画だ。しかも最初の一時間少しは退屈かもしれない。物語が動かない時間が長い。展開も強引に感じる部分が多い。それでも、そういった観る側の退屈さは劇中で二人の少年が感じている、自分から動かなければ何も起こらない南部の退屈な日常と重なる。

 最近の映画に多い緑がかった大袈裟な色調に見飽きていることもあるが、コントラストを抑えつつハイライト側に寄せたネガライクな色調もいい。上手く物語の時代性を消してくれているから観る側それぞれの少年時代に重ねやすい。

 とにかく今年観たドラマ映画のなかでは今のところ一番です。個人的には『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ』より好きです。特に物語冒頭の、ミシシッピの広大な風景を背景に大きく映すシーンの連続は何度でも観てられます。それにくせ者ぞろいの演者たちも文句なしに素晴らしい。マシュー・マコノヒーとアメリカ南部との相性の良さは抜群です。そう言えば出世作の『評決のとき』もミシシッピが舞台だった。あっちは若手の弁護士だったが、今ではホーボー。俳優としては確実にステップアップです。二人の少年も抜群だった。特にエリスの相棒のネックは『スタンド・バイ・ミー』のリバー・フェニックスと太っちょと足して二で割ったよう。そして何よりもサム・シェパード。そろそろアカデミー助演賞を彼がとってもいい頃では。

 以下、ネタバレ含みます。

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 *注意* ここよりネタバレ含みます ネタバレ注意 退避してください

 

 島の木の上に引っかかっている船でジェニパーと駆け落ちする計画を練るマッドは、エリスとネックに必要なものを手配するように求める。そして準備が整い、あとは船を出してジェニパーが来るのを待つだけとなったマッド。ジェニパーとも打ち合わせたようにエリスとネックは彼女を身を寄せるモーテルから連れ出そうとするが、約束の場所に彼女はいなかった。彼女を探しまわる二人は、ジェニパーが近くのバーにいることを知る。そこで二人はジェ二パーが見知らぬ男と親密にしている光景を目にする。マッドという存在がいながら他の男と寄り添うジェニパーに二人は愕然とする。てっきりジェニパーを連れてくると思っていたマッドにエリスはバーで見たままのことを伝える。それを聞いたマッドは狂ったように砂浜に拳を落とす。 
 翌日、二人が島に行くとマッドは出発の準備をしていた。そしてエリスにジェニパーへの最後の伝言を託し、ネックには出航の準備を手伝わせる。
 町に出たエリスはジェニパーにマッドからの手紙を手渡す。その手紙の内容は二人の関係の終わりを告げるものだった。エリスの前では冷静を装っていたジェニパーだが、一旦部屋を出たエリスが再度戻るとベッドの上で狂いなくジェニパーの姿が。そして島に戻ろうとする途中には、エリスが付き合っていると思っていた年上の女の子が別の男と車のなかで親密にしていた。両親の破局、マッドとジェニパーの関係の終わり、そして自分の恋にも破れたエリスは島に戻るとマッドを殴りつける。そして、

 この臆病者!彼女のことを愛してるって言ってたくせに、嘘をつきやがって。お前が彼女を諦めたから、彼女だって諦めたんだ、他の連中とおなじように。お前なんて、糞っくらえだ。あんたを信じていたのに、全部嘘だったんだろ!!あんたは自分のことしか考えてなかっただけだ。俺たちを利用したんだ!

 そう叫び、エリスは走り出す。しかしその途中、エリスは毒蛇が巣食う小川に落ちて気を失ってしまう。それに気づいたネックはマッドに助けを求める。エリスを窪みから引っ張りだすも、足を毒蛇に噛まれていた。急がなければ死んでしまう。マッドはエリスを抱えたまま、自分の指名手配書が出回る町に出てエリスを病院に担ぎ込む。そして病院から逃げるように出たマッドは最後にジェニパーが身を寄せるモーテルまで行き彼女を一目だけ見る。そして島に戻る。
 そして出航の準備を整えたマッドはネックに約束通りピストルを渡したあと、ネックに最後の願いを頼む。それは病院から自宅のボートハウスに戻っているエリスに別れの挨拶をすること。
 夜にまぎれてエリスの家に辿り着いたマッド。しかしそこにはマッドがジェニパーを守るために殺した男の父親によって雇われた殺し屋たちが待ち構えていた、、、

サム・シェパード

サム・シェパード

 とまたまた無粋にもストーリーを書き連ねましたが、本当にいい映画でした。何度でも観たくなる、特に夏に見たくなること間違いなしの成長物語。印象的なシーンはいくつもあって挙げればキリがないですが、個人的には殺し屋集団を集めたジョー・ドン・ベーカーが殺し屋たちと一室に集まり、さあ、我が息子を殺した男の死のために祈ろう、というシーン。最高にシニカルです。
 最後、マッドが、エリスとネックが、 トム爺さんがどうなったかは観てのお楽しみ。
 今のところ日本公開の目処は経っていない模様ですが、これがDVDスルーなんてどう考えても健康的じゃない。遅くてもいいので大きなスクリーンで観たいし、『スタンド・バイ・ミー』大好きの日本人は受けるでしょ。もう夏は終わったので来年の夏前公開を希望します。冬公開では雰囲気でないよ、この映画は。
 とにかくおすすめです。 
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 *追記(2013年10月22日)
 日本公開が2014年1月18日に決定しました。劇場で観ましょう。

 本文紹介作品『MUD/マッド』

 ジェフ・ニコルズ監督作『テイク・シェルター』

 93年公開映画『パーフェクト・ワールド』
 『スタンド・バイ・ミー』

  

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