アニメ映画『バットマン:キリング・ジョーク』レビュー(ネタバレあり)

アラン・ムーアのグラフィック・ノベルをアニメ映画化した『バットマン:キリング・ジョーク』のレビューです。数ある「ジョーカー誕生」の物語のなかでも最も論争を呼ぶ「狂気の淵」をバットマン、そしてバットガールの苦悩と合わせて描く。これは絶望的な悲劇なのか、それとも狂気の喜劇なのか!?

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『バットマン:キリング・ジョーク』

全米発売2016年7月25日/日本2016年8月10日/アニメ/77分

監督:サム・リュー

脚本:ブライアン・アッザレロ

声の出演:ケヴィン・コンロイ、マーク・ハミル、タラ・ストロング

レビュー(ネタバレあり)

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精神病棟に二人組みの患者がいた。檻の閉じ込められた生活に嫌気がさした二人は脱走を決意し、屋上から隣のビルに飛び移ろうとする。ひとりは難なく飛び移るも、もうひとりは落るのが怖くて飛べない。その時、先に飛び移った男が名案を思いつく。

俺が持ってる懐中電灯で光の橋を架けてやるから歩いて渡ってこい!

その言葉に残されたひとりはこう怒鳴り返す。

おい、俺が狂ってるとでも思ってんのか! てめえが途中でスイッチを切ることくらいわかるんだぜ!

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アラン・ムーアによる『バットマン:キリング・ジョーク』の原作グラフィック・ノベルは50ページに足らない短編で、ゴードン刑事を拉致したジョーカーをバットマンが追い詰めるストーリーと並行して、ジョーカー誕生に隠された悲しい過去が語られる。

妊娠中の愛する妻と一緒に暮らす売れないコメディアンは、貧しさに耐えかね子供が生まれる前にまとまった金を手に入れようと、強盗団の下っ端として犯罪に加担する儲け話を持ちかけられる。男が悩んでいる最中に警官がやってくる。そして「万に一つ」の不運な事故で身ごもった妻が死んでしまったことを告げられる。男は妻を亡くした悲しみに暮れる暇もなく、強盗団からは今晩の作戦への参加を強制される。しかしその強盗はバットマンの登場で失敗。強盗団から「レッド・フード」を被らされていた男は人違いでバットマンに追い詰められる中、薬品タンクに誤って落ちてしまう。そして肌は白く、唇は赤く、髪の毛は緑に、何よりも男は狂気に染まっていく。こうしてジョーカーは誕生した。

今回のアニメ映画はこの原作に忠実に作られる一方で、新たな視点として「バットガール」が登場する。

2部構成になっており、第一幕としてゴードン警部の娘バーバラがバットガールとしてバットマンの相棒になる苦悩を描き、第二幕としてゴードン警部がジョーカーに拉致され、バーバラを使った精神攻撃を遊園地で受ける原作部分に繋がっていく。

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本作ではバットマンとジョーカーは同じ場所から生まれたことが強調されている。バットマンは目の前で両親を殺されたことがきっかけで「絶望の淵」を経験しコウモリの化身として生まれ変わった。一方でジョーカーは愛する妻が死んでしまったことで「絶望の淵」を経験し狂気の犯罪者として生まれ変わる。両者とも常人には計り知れないような「絶望の淵」を経験することでそれまでの自分とは全く違う異質な自分に生まれ変わっている。

犯罪を憎むバットマンと無意味な悪事を繰り返すジョーカーとは、コインの裏表の関係なのだ。犯罪者のせいで「絶望の淵」を見たブルース・ウェインが犯罪を憎むことと、「万が一つ」の不運で身ごもった妻を失い、そして人違いで薬品タンクに突き落とされ「絶望の淵」を経験したジョーカーが理由なき狂気に走ることとは、実は大差ない。きっと立場が逆だったのなら、ブルース・ウェインがジョーカーになり、ジョーカーもまた闇の騎士として悪を退治していたかもしれない。

これまで『ダークナイト』シリーズや近作の『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』でもバットマン誕生秘話は繰り返し描かれてきたが、ジョーカー誕生の経緯については満足に描かれていない。ティム・バートン版『バットマン』ではマフィアの一員ジャックが裏切りにあって薬品タンクに転落してジョーカーが誕生するというプロットが登場するが、それではジョーカーとバットマンが裏表の関係にならないし、何よりも世の中の「真面目さ」や「正しさ」を狂気で塗りつぶすジョーカー誕生の理由としては説得力に欠く。

その意味で本作はヒース・レジャーが鮮烈なジョーカーを演じた『ダークナイト』の対になる作品と言えるかもしれない。バットマン誕生の物語だけでは伝わらない、人間の本質的な危うさとは、ジョーカーの物語と対比されることで一層に鮮やかになる。原作の『キリング・ジョーク』が短い作品ながらも幾重にも読み込みができるのはそのためだ。

一方でアニメ映画版の『バットマン:キリング・ジョーク』では、原作以上にバットマンとジョーカーの同質性が、バットガールという存在を通して浮き彫りになる。

バットガールの本名はバーバラ・ゴードン。バットマンの理解者でもあるゴードン刑事の娘で、ロビン亡き後にバットマンの相棒となる。本作の前半では彼女が正義感を燃やしながらも、バットマンの足手まといになってしまうことに苦悩する姿が描かれる。彼女はバットマンの相棒であっても、「バットマン」にはなれない。なぜなら彼女はブルース・ウェインとは違い「絶望の淵」を経験していないから。彼女がバットガールとして犯罪者と戦う理由は単純に悪を憎んでいるからにすぎない。しかし正義感だけではバットマンのサイドキックは満足に務まらない。バットマン自身は、ロビンが惨殺されることを通してそれを痛いほど知っている。彼女が本当のスーパーヒロインになりたいとするのなら「絶望の淵」からその深淵を覗き込まなければならない。そしてそのすべてを受け入れなければならない。もちろんバットマンはゴードンの娘がそうすることを望まない。なぜなら「絶望の淵」とは狂気のなかでしか出会えないからだ。

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冒頭に紹介した精神病棟の逸話は、『キリング・ジョーク』のラストシーンに登場する。

ジョーカーはこれを面白い「ジョーク」としてバットマンに紹介する。パンチラインを簡単に説明すると、光の橋を実際に渡れると思っている狂人の「名案」に対して、狂人は「どうせライトを消すんだろう」と突っ込んでいる。つまりふたりとも「光の橋を実際に渡れる」ことを疑っていない狂人ということだ。

このジョークを教えたジョーカーは甲高い笑い声をあげ、それを聞いたバットマンも堪えきれずに不敵に笑う。このラストこそが『キリング・ジョーク』を傑作とする所以である。

「絶望の淵」を経験していない一般人にとってこのジョークのパンチラインは明確だ。光の橋なんて渡れっこない。それに突っ込まずにライト云々にいちゃもんを付けている二人のバカさがオチだ。しかしジョーカーやバットマンがこのジョークに笑う理由とは、果たして我々と同じなのだろうか?

バットマンとジョーカーは宿敵だが、同時に彼らにしか分かり得ない何かが存在することが『キリング・ジョーク』には描かれている。そして今回のアニメ版では、原作にあったバットマンとジョーカーの「近くて遠い」関係性という余白部分をバットガールという存在で埋めることで、さらに両者の同質性を強調することになった。おかげでバットガールに関連するプロットは恐ろしく鬱だ。バットガールはほとんどバットマンとジョーカーが「わかり合う」ための犠牲でしかない。見方によってはバットマンがジョーカーに差し出した犠牲でにあり、そう考えるとジョーカーがバットマンの姿に自分自身と同じ性質を見出した理由がよくわかる。

ちょうどこの『バットマン:キリング・ジョーク』を見たとき、相模原の障害者施設で大量殺人事件が起きていた。そして容疑者が送検中の車内で見せた「屈託のない」笑顔を見たとき、本当に戦慄した。その笑みは、自虐的なものでも、自己顕示のためのものでもなく、純粋にその瞬間を楽しむような笑みだった。

今後、先進鑑定が行われ犯人の責任能力が問われることになるだろうが、これまでの事例に基づけば、仮に精神の不健康が認められたとしても責任能力はあったとみなされ「法の裁き」を受けることになるだろう。この事件をめぐる報道では「ヘイトクライム」や「誤った正義感の暴走」や「大麻による異常行動(?)」など様々な説がとりだたされるが、『キリング・ジョーク』を見た後では、そんな後付けの理由すべてが空虚に感じる。人が人を簡単に殺してしまうということ事実を、我々はことさら異常な狂気として自分自身から遠ざけようとそれらしい理由を探し求めるが、世の中のすべてが理解可能だと考える方がよっぽど「狂っている」とも思える。

遊園地の子供用コースターに乗せられたゴードン警部が見せられる衝撃的な光景のように、世界には絶対に救えないものがある。そしてその救えない世界こそがブルース・ウェインやジョーカーが経験した「絶望の淵」に他ならない。

きっとジョーカーやバットマンからすれば、何事もなく平和に生きられると信じて疑わない大多数の人々のほうがよっぽど狂人に見えることだろう。

『バットマン:キリング・ジョーク』:

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バットマン:キリング・ジョーク
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