【映画】『ボックストロール/The Boxtrolls(原題)』レビュー

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近年傑作ストップモーション・アニメを製作し続けているライカ・スタジオ最新作『ボックストロール/The Boxtrolls(原題)』のレビューです。地下に暮らすガラクタ収集が生き甲斐のトロールたちに育てられた少年が、大切な家族と町を守るために悪党たちと戦うファンタジー・アニメ。観ているだけで幸せな気持ちになれ、それでいてナチズム批判を下敷きとするような深いストーリーを併せ持つ、素晴らしいアニメーション映画でした。日本公開は未定。

ストーリー、前半 ※ネタバレなし

ここは小高い丘の上に広がる小さな町、チーズブリッジ。

ここでは地下に暮らすトロールたちが夜な夜な町に現れて、子供を攫い、殺してしまうという噂が実しやかに信じられている。トロールたちは箱で胴体を隠していることからボック・トロールと呼ばれ住民から恐れられ、忌み嫌われる存在だった。そのため町を統治するポートリー・リンド卿は、害虫駆除業を営むスナッチャーという男に、ボックストロールの駆除を依頼。町に住む全てのボックストロールを駆除した暁には、貴族の証である白い帽子ととも、町の代表者のみが参加を許されるチーズ試食会への参加権利を与えられることが約束されていた。

一方、地下の世界。

ここには本当にボックストロールたちが生活していた。彼らは夜な夜な町に出ては使えそうなガラクタを集めては、地下の世界でせっせと発明に勤しむ、本当は心優しいトロールたちだった。そしてそこにはひとりの人間の男の子の姿も。彼の名はエッグス(卵)。トロールたちは自分の胴体を覆っている段ボールに書かれている言葉を名前とし、エッグスはフィッシュ(魚)というとトロールを親のように慕い、シュー(靴)というトロールと兄弟のように生活していた。

そんな幸せな生活を送るボックストロールとエッグスだったが、スナッチャーたちの駆除のせいで、ひとりまたひとりと仲間たちが捕われていく。それでも人の前では姿を見せることができないボックストロールたちには打つ手なく、夜の町でスナッチャーらの追跡からただ逃げることしか出来なかった。

そんなある日、いつものように夜の町に出たエッグスとボックストロールたち。そんな彼らの姿を、父親のポートリー・リンド卿にかまってもらえない1人娘のウィニーは偶然にも見てしまう。なぜかボックストロールたちとともに行動するひとりの少年を不思議に思う。その夜、エッグスの親代わりだったフィッシュがとうとうスナッチャーらに捕まってしまう。

自分を人間ではなくボックストロールだと思い込むエッグスは、拾ってきたレコードのジャケットに写る人間の姿を真似し、フィッシュを助けるために昼間の地上へと出ていく。人間社会に戸惑いながらも、自分の家族であるボックストロール たちを救うため、エッグスはウィニーの助けを借りながら、スナッチャーたちの軍団に闘いを挑む。

レビュー

この映画、幕が開いて5分くらいの段階で、あーこれ絶対大好きな映画、と確信してしまった。これまで大人げなくピクサーやディズニーのアニメも観ているが、それらの映画はあくまで子供がメインターゲットで、どれだけ素晴らしい作品でも我々はその円周上にいるような感覚は拭いきれなかった。でも本作はちょっと違う。上手く表現できそうにないけど、言うなれば、この映画を観て「こんな映画を子供の頃に観てみたかったな」と思った大人をターゲットに本作が作られているように思えるのだ。

子供向け映画のようでそうでなく、もちろん大人だけに向けた映画でもない、そんな微妙なバランスが本作の最大の魅力だと思う。一見するとただの3Dアニメーションだが実はストップモーション・アニメーション(コマごとに動きを人と手で再現する手法)で、よく見るとそのひとつひとつの動きはぎこちなく、それはピクサーやディズニーのアニメーションよりも、私が子供の頃にUHF局でよく観たレイ・ハリーハウゼンの『シンドバッド』シリーズなどの方に近い。アニメーションの表現上、リアルであるということは決して唯一の作法ではなく、作り手の悪戦苦闘ぶりがそこに透けて見えることで、その作品に込められて数々の愛情を知り、やがてはそれが観客に憑依するということもあるように思える。エンディングに用意されているひとつの仕掛けを観ていて、自分がそういったある種の魔法にかけられていたことに気がついた。

本作を製作したのは近年良質なストップモーション・アニメを連続して送り続けているライカ・スタジオで、2012年の『パラノーマン ブライス・ホローの謎』も素晴らしく、本作も可愛げな登場人物らによるダーク・ファンタジーという一連の系譜を引き継いでいる。またアニメーション描写も、特に悪役に関する部分で倫理的にもかなりギリギリなグロテスク描写があったり、ヒロインとなる少女があまり可愛くなかったりと、誰にも媚びないキリッとした製作陣の姿勢が何とも清々しい。

またストーリー部分においても、ホロコーストの歴史を辿るようで興味深い。ちょっと難しい話になるが、ドイツの社会心理学者エーリッヒ・フロムはナチズムに関して著した『自由からの逃走』において、「創造性にかける民衆とは本質的に、破壊を目指す指導者を、その思想に関わらず、熱狂的に支持する」として、大衆が大量虐殺に加担したナチズムの心理を解体したが、本作ではまさにその過程が描かれている。民衆は、発明に熱心なボックストロールたちを憎悪し、それらを残らず破壊しようとしたスナッチャーを自らの代表者として担ぎ上げようとする。前文の「発明」を「経済活動」に「ボックストロール」を「ユダヤ」に置き換えれば、すんなりナチズムに置き換わる。そしてフロムはそういった悪循環から逃れるためには、人々は自らの手で自身の生産性を獲得しなければならないと説いており、本作のラストはまさにフロムの思想とほとんど重なることになる。差別なき世界を目指すのなら、社会の創造性を高めるしかないことを本作は訴えかけている。

などなどと小難しいことも考えさせてくれる本作。ボックストロールのカワイさ満点、ちょっとラストで息切れ気味になるが、そんなもんは誤差の範囲、テーマも説教臭くならずに、それでいて十分に深い、本年度公開アニメーション作品のなかではダントツの一作。今の日本で本作を公開する意義は深いと思う(日本公開は未定)。

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※次のページにストーリー後半のネタバレあり※

Summary
Review Date
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