【映画】『きっと、星のせいじゃない。/The Fault In Our Stars』レビュー ※ネタバレあり

ジョン・グリーン原作の映画化で、世界中で大ヒットを記録した『きっと、星のせいじゃない。/The Fault In Our Stars』のレビューです。日本でほとんど伝統芸能化しているいわゆる「難病もの」映画とは違って、80年代のハリウッド青春映画を彷彿とさせる懐かしい作品に仕上がっており、ティーン小説が原作と言うことだけを理由に敬遠するには惜しい作品です。日本公開は2015年2月20日に決定。

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■ストーリー、前半部、ネタバレなし■

ヘイゼル・グレイスは読書が好きな17歳の女の子。彼女は幼少の頃から甲状腺がんを患っており、それは肺にも転移していた。しかしある特殊な薬が彼女には想像以上に効果があり、鼻からのチューブによる投薬を常に続けることで、ここ数年状態は安定している。そんな過酷な生活を余儀なくされていたヘイゼルは17歳とは思えないような達観した考え方を持つようになり、その姿が両親や周りの大人たちには塞ぎ込んでいるように思われていた。

ある日、ヘイゼルの母親(ローラ・ダーン)が彼女をガン患者が集うサポート・グループに参加するように促す。そんなところには参加したくなかったヘイゼルだか、両親の強い勧めを断りきれず、現場に向かうことになる。自分たちの経験を共有することで少しでも苦しみから解放されることを目指すそのグループでは、キリストに目覚めた妙な男がギターをひきながら自身の過去を歌っている。そんな姿がヘイゼルには滑稽に写った。

もう二度と行きたくないと訴えるヘイゼルだが、彼女が友達を作ることを願う両親に押し切られる形でまた参加することになる。そしてその会場で、ヘイゼルは1人の不思議な青年と出会う。彼の名はガス(アンセル・エルゴート)。18歳の彼は骨肉腫を患っており、右足を膝下から失うも、ここ最近はがんが見つかっておらず安定していた。そしてグループ・ミーティングの間中、ガスはヘイゼルをずっと笑顔で見つめ続けた。そしてその席でガスは自身の死について「死んだ後、みんなから忘れ去られることだけが耐えきれない」と告白する。そんなガスを冷たい表情で見ていたヘイゼルは、手を挙げて「特別な人物を除けば、大抵の人たちは忘れ去られていくもの」と意見する。そんな一言で白ける一同のなかガスだけはなぜか嬉しそうにヘイゼルを見つめていた。

それをきっかけにガスはヘイゼルを気に入り、自分の家に招待する。友達を作れと口うるさい親にうんざりしていたヘイゼルは、ガスの誘いに乗り彼の部屋を訪れる。ガスにはアイザック(ナット・ウルフ)という親友がいて、彼もまた近いうちに失明することを余儀なくされていた。そして個性のバラバラな3人は妙に馬が合うようで、時間があればガスの部屋の集まるようになる。

そしてある日、コンピューター・ゲームに熱中するガスにヘイゼルは一冊の本を紹介する。周りの人々からのガン患者である自分への対応にわざとらしさと常に感じているヘイゼルにとって、その本は唯一、ガン患者の本当の姿を描いているものとして彼女にとって宝物のような一冊となっていた。そして結末がはっきりとしないその本の続きを知ることが夢だとガスに語る。

一冊の本を巡り、ヘイゼルとガスは互いを特別な存在と感じるようになる。そして二人はやがて、その本の作者が住むオランダのアムステルダムに行き、本の続きを確かめることを共通の夢とすることになる。

重病を患う二人の若者は、お互いがそれぞれの方法で死と向き合いながら、青春の今を力強く生きていく。

■感想 ※ネタバレなし■

難病ものの青春恋愛映画ということで、鑑賞前は冷やかし半分だったのですが、これが最近ではなかなか観ることができなくなった、しっかりとした青春映画でした。

まず本作では、日本だけでなくアメリカでも大量生産されている「恋人である重病患者の最後をともに精一杯生きた結果の大号泣映画」というティーンが飛びつくフォーマットを踏襲しつつも、主人公はそういった傾向を心の底から嫌悪していることが描かれている。物語はそのものは、「残酷ゆえに美しい青春期」を描いているが、大袈裟な号泣ポイントは出てこない。だから妙に身構える必要もないし、結末もすんなりと受け入れられるようになっている。

特に主演ふたりの雰囲気は非常に良くて、ジェニファー・ローレンスの『ハンガーゲーム』の対抗映画『ダイバージェント』でも共演している。特にヘイゼル役のシェイリーン・ウッドリーはクリスティン・スチュワートやジェニファー・ローレンスに続くような女優になりそうな雰囲気だ。

青春映画に必要な、「友人、恋愛、死」という流れに則っているので、80年代のハリウッド青春映画が好きな世代の人には懐かしさを感じる作品だと思います。キャメロン・クロウの『セイ・エニシング』のラストを彷彿とさせるシーンもあります。とにかく青春の美しさをここまで真正面から描いた作品は最近では珍しいのではないでしょうか。

ただ本作では家族との絆も重要なテーマとなっているので、80年代青春映画の重要な要素である「大人への反発」はほとんど出てきません。登場する大人たちは一様に物わかりが良くて親切です。この点がちょっと不満なところ。今のティーンエイジャーから観ると、物わかりのいい大人が増えているということなのかと思ったりもするが、実は物わかりのいい大人の急増が青春映画をつまらなくしているようにも思える。実際にはイヤな大人の絶対数は変わっていないと思うのだが。

大人気ティーン小説の映画化ということでアメリカではヒットしたのだが、映画としても十分に魅力的な作品に仕上がっていた。脚本は『(500)日のサマー』のスコット・ノイスタッターとマイケル・H・ウェバーが担当しているため、画面上にテキストが飛び出してくる演出法などよく似ている。

とにかくティーン小説が原作と言うことだけを理由に敬遠するには惜しい作品です。

追記:本作は邦題が『きっと、星のせいじゃない。』となり、2015年2月20日の日本公開が決定しました。

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▼次のページにストーリー後半のネタバレ解説を行います▼

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3 件のコメント

  • S.ウッドリーがオスカーノミネートは確実といわれているので
    来年になったら急いで公開されるのかもしれませんね。

    それにしても和訳書のタイトルが
    あまりにも登場人物たちの言動と正反対すぎてがっかり。
    映画もこのタイトルになってしまうのかと思うと悲しいです。

    ところでヘイゼルが「17歳とは思えないような達観した考え方」
    を持っているというふうには、私は思いませんでした。
    むしろすごく10代の子らしい、いい意味で
    非常に自分中心的な世界観の持ち主だと思います。
    あと、細かいですが、ガスは「願いを肩代わり」したわけではない。

    あらすじを書くなら、個人的な解釈による修飾語は
    省いたほうがいいと思います。

  • この映画の小説の大ファンです。

    いつ日本公開されるかと6月からずっと探していたので情報が見つかり本当に嬉しいです。

    この作品のすごいところはやっぱりちゃんと死に向き合っているところです(そうではありながらも『17才のエンディングノート』のような号泣大会で終わらない)。自分がたどる未来を直視していながら、前を向いて生きる、目的を持って生きる姿がとても読んでいて印象に残りました。

    大好きなシャイリーンが早く観たいです。
    邦題が少しマシになってくれることを祈ります。

    • shimahamaさん、コメントありがとうございます。
      この映画(原作は未読です、すみません)が30代のおっさんでもしっかりと鑑賞できるの、恋人の若い死を扱っていながらも、安易な泣き所を設定していないところですね。
      それにしても邦題にせよ、公開日にせよ、ちょっと日本の場合は残念です。
      もう海外ではDVDが出ている状態ですから。
      せっかく日本公開するなら邦題も内容に沿ったものにしてもらいたいですね。

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