【映画】『奪還者』 レビュー

ガイ・ピアース、ロバート・パティンソン出演のオーストラリア映画『奪還者/The Rover』のレビューです。長編デビュー作『アニマル・キングダム』が絶賛されたデイヴィッド・ミショッド監督の最新作は、壊れた世界の片隅に生きる壊れた二人の男を描いた、傑作バイオレンス・ロードムービーでした。ドラマ映画としては今年(2014年7月段階)ベスト級。ラストには不思議な男泣きが待っています。日本公開が2015年7月25日に決定。

NewImage

・ストーリー、前半 ※ネタバレなし

世界経済の崩壊から10年。オーストラリアでは物流は先細り、オーストラリアドルの信頼はなくなり、治安は極度に悪化、人々は自衛のために銃による武装を余儀なくされていた。

そして荒野の街道沿い売店に流れ着いた1人の男(ガイ・ピアーズ)。髭は伸び、汚れた服に身を包んだその男は何かに絶望しているように見えた。彼の持ち物はたった一台の車。それだけだった。

男が中国人の経営するレストランで水を飲んでいるとき、表の街道では一台の車が猛スピードで走りながら、横転した。中に乗っていたのは3人の男。1人は怪我をしている。そして何かから逃げているように見える。どうやら男たちは強盗団のようだった。強盗たちは車がスタックしてしまったのを受けて、近くに止められていた車を強奪する。そして強盗たちが乗り込み走り去っていく車を、鋭い目で追いかける男。盗まれた車は男にとっての唯一の持ち物だった。その男はすぐさまスタックしていた車に乗り込み、道路上まで戻すと、3人の男が奪った自分の車を取り戻すべく追跡を開始する。

そして強盗団に追いついた男は、彼らの様子をうかがいながらじわりじわりと距離を詰めていく。そして強盗団が車を止めて、男の出方を窺っていたところで、両者は車を降り対峙する、そして男が車を取り返そうとした時に、強盗団の1人が男を後頭部を強打。男は意識を失い、荒野に放り出される。荒野で目覚めた男は再び強盗団の追跡を開始。男は自分の車に異常なまでの執着を持っているようだった。

男は街道沿いの集落に車を止め、情報を得ようとするもなかなか上手くいかず、代わりに銃を手に入れようとする。そしてサーカス団にいた1人の小人が300ドルで銃を売ろうとするも、男はいきなり小人の頭を撃ち、そのまま立ち去る。そして車に戻ると、そこにレイ(ロバート・パティンソン)と名乗る1人の男が車の傍でうずくまっていた。レイは男が乗る車が自分の兄貴の車だと主張する。つまりレイは強盗団の一員だった。兄の行方を聞き出そうと男はレイに詰め寄るも、腹からの大量の出血のためそのまま崩れ落ちる。

車を盗まれた男の名はエリック。怪我をしているレイから情報を聞き出すために医者を捜すエリック。そして絶望が支配する世界で起こった他愛のない小さな出来事をきっかけに、二人の男の不思議な旅がはじまる。

・感想、「絶望さえあれば、、、」 ※ネタバレなし

血と暴力が秩序となった世界を描いているとなればまず思い浮かぶのはアメリカの作家コーマック・マッカーシーであり、彼の小説を映画化した2009年の『ザ・ロード』である。本作と『ザ・ロード』は秩序が崩壊した世界を描くという意味では非常に似ている(『ザ・ロード』でもガイ・ピアーズは浮浪者として登場している)。しかし先行する『ザ・ロード』と本作『奪還者』では見終わった後の映画の印象は全く違う。『ザ・ロード』が小さな物語の希望を描いていたのに対し、『ザ・ローバー』では小さな物語の絶望を描いている。そして不思議な事実として、希望を描いたものよりも絶望を描いたものの方が、心を強く揺さぶる場合がある。

本作ではざっと10名ほどが殺される。悪い奴も小人も関係のない少女もあっけなく撃ち殺される。なぜ彼らは殺されなければならなかったのか。それは生きたいと強く願う者がいたから。誰かが生きるためには誰かを殺さなければならない世界。ではなぜ男たちはそれほどまでに生きたいと願っているのか。その理由は映画の最後まで明かされない。そしてその理由が明かされた時、あまりに理不尽な動機に、言いようもない感動を覚えるのだ。

本作がよくあるポスト・アポカリプス(終末)映画と違って見えるのは、その終末的世界観を描くことにはほとんど興味を示さずに、終末的世界のなかにあって人は何のために生きるのか、という問いにのみ答えようとしているからだと思った。

主人公のエリックは元軍人でありながら、愛する妻や土地を失って絶望の淵をさまよっている。そんな彼にとっての生きる動機こそが盗まれた一台の車に隠されていた。本作に登場するもう1人の男、レイ。彼は強盗団に兄弟で属しながらも、現場で負傷したことで実の兄からも置き去りにされてしまう。頭も少し弱い。 エリックはどうしても盗まれた車を取り返さなければならない。そしてレイは兄の居場所を知っている。レイは兄に理由を尋ねなければならない。なぜ弟の自分を置き去りにしたのか。二人がともに旅する理由は違って見えるが、実は同じである。生きるために必要なものを手にするためだ。例え他人には些細なことに見えても、絶望が支配する世界では、人が生きる理由となることが描かれている。

前作『アニマル・キングダム』もそうだったがデイヴィッド・ミショッド監督が描くのは、世界の片隅に取り残された、とても小さな、それでいて圧倒的な絶望だ。しかし当たり前のことだが、絶望の対が希望である以上、お互いは同居している。「明日への希望」をポジティブに歌った流行歌に何も感化されないのは、そこに絶望が不足しているからだ。本作では希望は描かれない。少なくとも表面的な希望はどこにも見当たらない。100分と少しひたすら救いのない絶望的世界が淡々と描かれる。それでもこの映画に深く感動した。ラスト数十秒で静かに明かされるその訳を知ったとき、この物語の意図を知ることになる。それは「人は絶望さえあれば生きていける」ということ。

好き嫌いの分かれる映画だろうが、是非見てもらいたい映画だ。

<スポンサーリンク>

▼次のページよりネタバレとなる後半部のストーリー紹介をします▼

NewImage.png

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です