映画『草原の実験』レビュー(ネタバレページあり)

第27回東京国際映画祭で「WOWOW賞」と「最優秀芸術貢献賞」のダブル受賞を果たしたロシア映画『草原の実験』のレビューです。台詞のない美しい映像で紡がれる宮崎駿的イノセンスから衝撃のラストまで、すべてが完璧にコントロールされた傑作。

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ストーリー※ネタバレなし

広大な草原にぽつんと立つ粗末な小屋に美しい少女とその父は暮らしている。朝、年代物のトラックに乗って仕事にでる父を見送り、少女は家事をこなしながら、その帰りを待つ日々を送っている。ある日、そんな草原に、一機のプロペラ機が降り立つ。その到着を待ちわびていたらしい父は、もしかすると昔は飛行機のパイロットだったのか、飛行機から降り立った男たちの親密そうに挨拶をし、そしてひとりで操縦席に乗り込む。ただそれだけで彼は満足のようだった。

美しい少女に一人の少年は想いをよせている。馬の扱いに長けたその少年は、少女がどこからか家路に着く頃になると、颯爽と現れ、彼女を後ろに乗せて家まで届ける。そして一杯の水を飲み干しては、どこかへと消えていく。その大地では、繰り返されている日常。

ある日、少女がひとりで待つ小屋の近くで、一台のトラックが立ち往生してしまう。エンジンを冷やすために水が必要だった一行から、ひとりの少年がバケツを持って、少女がいる小屋へと歩き出す。その一部始終を少女は隠れて見ていた。居留守を使う少女。しかし井戸には鍵がかけられており、少年は途方にくれる。それをかわいそうに思ったのか、少女は少年の前に現れ、水を与える。その瞬間、少年は少女に心を奪われる。少年は少女の写真を一枚だけ撮ると、水を抱えてトラックに帰って行った。

その夜、父と少女が暮らす小屋に、さきほどの少年が少女と再会するために舞い戻ってくる。父に見つからないように外にでる少女が見たのは、小屋の壁に映写された自分の姿だった。

馬を操るその土地の少年。どこからかやってきた白人の少年。その両者の想いのなかで、日々を過ごす美しい少女。太陽に照らされ、心地よい風が吹き抜ける大地。そんな平和な日々から遠く離れた場所では、しかし、黒い雲が生まれようとしていた。

レビュー

本作には一切の台詞がない。空間を大きく使った映像のシークエンスはゆったりとしていて、観客は物語上の説明がない分、その美しい映像を見ながらそれぞれの想像力によってシーンの移り変わりを補填していかなければならない。体験としては、圧倒的な情報量から一回の鑑賞では処理するのが難しい類のエンターテイメント映画とは正反対で、一冊の写真集を読むことに近い。さらに言えば、計算され尽くした構図のそれぞれのシーンほとんどが固定ショットで撮影されており、派手な動きの出入りもないので、絵柄が気に入った言葉のわからない外国産のマンガを読むような感覚にも近い。

台詞のない美しい映像によるロシア映画、と聞かされれば、何とも実験的な映画と思われるかもしれないが、本作はれっきとしたファンタジー映画でありエンターテイメント作品でもあると同時にラブストーリーでもある。本作を観終わった後に最初に出てきたイメージが、宮崎駿だった。無垢で美しい少女をふたりの少年が取り合い、少女はそれをのんびりと眺めている。宮崎駿映画の常であるように、美しい少女とは汚れ以前のイノセントな状態の象徴であり、その少女の前に現れる男や大人たちは無垢なる秩序を乱す存在でしかない。本作でも、映し出される牧歌的でファンタジーな世界の端々には、無垢なる世界の崩壊を予感させるような存在がしっかりと配置されている。

監督のアレクサンドル・コットによると、本作で台詞を一切排した理由として、言葉を排したコミュニケーションによって想起される、言葉よりも強いイメージの再現力を挙げており、その意味でも、ラストに用意されている衝撃には文字通り音葉を失った。言葉で思考すれば、タイトルや物語の不穏な空気感からその終末を予感できそうなものだが、物語を通して言葉による説明を受けていないため、目の前の物語をある種の夢のように享受していたのが、ラスト、一気に現実に引きづり戻されることになる。

ネタバレになるので詳しい展開は次のページに譲るが、物語は1949年にカザフスタンで実際に起きたある出来事を下敷きとしており、それはタイトルとも深く繋がっている。ちなみに英題は『TEST/テスト』と邦題よりもシンプルになっている分、様々な解釈が可能になっている。単純に「試練」や「実験」ともとれるが、キリスト教的文脈で「誓約」や「遺言」や「聖書(Testament)」とも解釈可能だろう。

これほど実験的な手法を用いながらも、エンターテイメント作品として次の展開が待ちきれない期待感を維持し、同時に幾重にも張り巡らした比喩的配置のなかで批判的な文脈まで構成した映画も珍しい。映画の系譜としては『ミツバチのささやき』やギレルモの『パンズ・ラビリンス』に近くあるも、物語内で表現される落差の大きさはそれらの比ではない。ここまで「ある日、突然の終末」を衝撃的に描いた作品を知らない。

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草原の実験

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草原の実験
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