ロックフェラー財閥の御曹司でニューギニアで行方不明となったままのマイケル・ロックフェラーは実は生きていた!?

ロックフェラー財閥の御曹司で民俗学者でもあり、1961年にパプアニューギニアで謎の失踪を遂げたマイケル・ロックフェラーは実は首刈り族とともに生きていた!?証拠とされる写真が見つかる!

アメリカを代表する大財閥ロックフェラー家の一員でニューヨーク州知事そしてアメリカ副大統領も務めたネルソン・ロクフェラーを父に持つ民俗学者マイケル・ロックフェラーは、1961年当時まだ首狩りの風習を持っていたパプアニューギニアのアスヌット族の研究を行うために現地に向かい、そして謎の失踪を遂げた。大財閥の一員で父はニューヨーク州知事ということから大スキャンダルとなり大規模な捜索が現地で行われるも発見に至らず今日に至っており、一部では彼は首狩り族に殺されて食べられたとも報じられた。

そんなマイケル・ロックフェラーが実は失踪後も現地に留まり、首狩り族とともに生活していたのではないかとする衝撃の写真が公開された。それはマイケル失踪から8年後に現地で撮られた一枚の写真。そこには明らかに白人と思われる男がはっきりと写っていた。

▼マイケル・ロックフェラーは生きていた!▼

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当時23 歳だったマイケル・ロックフェラーは研究を終えて島から戻る途中に船が転覆、助けを呼ぶために島に戻ったまま行方不明となったとされており、その最中に溺死したのではないかと考えられていた。もしくは当時その一帯を統治していたオランダ人が村を襲撃した事件の報復として白人狩りを行っていた首狩り族に殺されたとも言われていた。

しかし今回、チャールトン・へストンの息子が作ったドキュメンタリーによって新しい説が紹介された。上の写真にいるのはマイケル・ロックフェラーであり、失踪後、首狩り族から殺される代わりにハーバート卒という肩書きやらを全て捨てて、現地社会に溶け込んで暮らしていたというのだ。

この事件を巡っては様々な憶測が飛び交い、そのほとんど都市伝説のように語られてきたが、真実はどうなのだろうか。誰もが羨む家柄に生まれながらも民俗学者という道を選んだマイケルは、もしかすると煌びやかな生活の内部に巨大な空洞を抱えており、その虚無感がプリミティブな生活への憧れを生んだとは考えられないだろうか。

この報道で思い出されるのは植村直己がマッキンリーで消息を絶った事件。日本の消費的傾向に嫌気がさした植村は失踪後もエスキモー社会で生き続けているという都市伝説。

不謹慎な言い方かもしれないが、そういった憶測は洗練を良しとする現代の我々が無意識に抱えている原始への憧れとどこかで繋がっているようにも思う。

それでも今となっては真実は藪のなかなのだろう。

ちなみに『ダイハード3』や『ジュマンジ』の脚本家ジョナサン・ヘンズリーはこの事件を元に『実録・リアル食人族』を制作している。

参照記事:Mail Online

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