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映画ジャーナル<ビーグル・ザ・ムービー>

映画レビュー『マイ・ファニー・レディ』-誰もがミューズに恋をする

巨匠ピーター・ボグダノヴィッチ監督の13年ぶりとなる長編劇映画『マイ・ファニー・レディ』のレビューです。オーウェン・ウィルソン、イモージェン・ブーツ、ジェニファー・アニンストンら豪華出演陣に加えて、贅沢なカメオにも注目。ハリウッドの古き良き思い出を、一人の「ミューズ」によって現代に再現した良質なコメディ。

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『マイ・ファニー・レディ/She’s Funny That Way』

全米公開2015年8年21日/日本公開2015年12月19日/アメリカ映画/93分/コメディ映画

監督:ピーター・ボグダノヴィッチ

脚本:ピーター・ボグダノヴィッチ、ルイーズ・ストラッテン

出演:オーウェン・ウィルソン、イモージェン・プーツ、キャサリン・ハーン、ジェニファー・アニンストン他

あらすじ

若いスター女優(イモージェン・プーツ)はインタビューで女優になったきっかけを語るなか、自分が過去にコールガールをしていたことをあっけらかんと打ち明ける。

それは本当に不思議な体験だった。

彼女はコールガールとして一人の舞台演出家(オーウェン・ウィルソン)と出会い、人生を変えるきっかけを与えられる。しかし全く想定外にも、彼女がコールガール役の舞台のオーディションを受けると、それは彼が演出を務めその妻(キャサリン・ハーン)が主役の劇だった。

舞台の出演者や作家やセラピストや私立探偵など一見関係のない人々がひとりの「ミューズ」の登場で大混乱に。果たして舞台の幕は無事に閉じられるのか。

レビュー

誰もが「ミューズ」に恋をしていた時代の物語:

『ペーパームーン』や『ラストショー』の巨匠ピーター・ボグダノヴィッチ監督 による円熟の技が冴える極上のドタバタコメディ。ハリウッドが最も華やかで威厳を保っていた50年代の雰囲気を、達者な俳優たちと遊び心溢れるカメオで再現した現代のおとぎ話。今と違ってパパラッチも五月蝿くなく、スターに夢を求めて、人々がスターを作っていた時代。そしてそれは「ミューズ」たちがアートを支えて時代でもある。

「ミューズ」とは元々はギリシア神話に登場する芸術の女神たちで、現代では芸術家たちの想像力を刺激し、時には惑わせる存在のことを指す。ゴダールにとってのアンナ・カリーナ、ロジェ・ヴァディムにとってのブリジッド・バルドー、アンディ・ウォーホールにとってのイーディ・セジウィックなどがそれに相当する。彼女たちは時に天使のように男を導き、時に悪魔のように男を跪かせる。少なくとも60年代まではそういった女性が各芸術の世界に存在していた。

本作『マイ・ファニー・レディ』は一人の女優の回想という形で構成されている。イモージェン・プーツ演じる彼女は元々は貧乏で、女優を目指すも生活のためにコールガールをやっている。やがてちょっとした小さな出会いが大騒動に発展し、女優として彼女が知られる契機にもなる。スター女優となった彼女は自分の過去を包み隠さず、それでいて愛おしそうに語り出す。そう、彼女は「ミューズ」なのだ。コールガールをしていたからといって、彼女は決して魂を捨てていないし汚れてもない。愛情に溢れる黄金の心(ゴールデン・ハート)を持ち、誰にも分け隔てなく、惜しみなく、その愛情を、決められた時間のなかで注ぎ込む。例えば『ポセイドン・アドベンチャー』に登場するアーネスト・ボグナイン演じる刑事の妻がまさにそれだ。ステラ・スティーブンスが演じるその妻は元売春婦だったが、それは決して彼女の魂の汚れを意味していない。彼女を亡くした時のアーネスト・ボグナインの悲しみだけで十分に理解できる。たった一晩の関係でも、男の記憶に居座り続けるのだ。だからこそ時に面倒な事態も発生する。

本作と同様のドタバタコメディの『おかしなおかしな大追跡』でもボグダノヴィッチ作品に出演していたオースティン・ペンドルトンが演じる判事は、契約された関係だけだったはずの「ミューズ」を忘れられない老人として物語をかき回す。もちろんこの役柄がボグダノヴィッチ自身が最も色濃く反映された役でもある。登場人物のなかでも唯一彼だけが特殊な状況のままで物語が終わることも非常に愉快だ。それはボグダノビッチが巨匠と言われながらも90年代以降ほとんど劇映画を撮らなくなったことの自己説明でもある。そして本作そのものがオマージュとなっているルビッチやフランク・キャプラといった古き良き時代のハリウッド作品を忘れられないボグダノヴィッチは、その時代を今は亡き「ミューズ」とスター俳優に象徴させて再現している。

しかしだからと言って本作はただの懐古的な映画でもない。観客だけでなく、登場人物も最後には全員笑ったままで幕が降ろされ、古き良き時代の映画のあり方もまた現代に必要だということがひしひしと伝わってくる。映画が説教くさく小難しくなった背景には、きっと「ミューズ」がいなくなったことも大きく影響しているのではないだろうか。イモージェン・プーツ演じる「ミューズ」が屈託無く笑い、そして目に涙を溜める時、誰もが彼女を愛おしく思うことだろう。それはスターにこそ許される感動であり、スターを必要としなくなった現在の映画界ではなかなか見ることのできない瞬間でもある。

ボクダノヴィッチが懐かしんでいるのは、そういった映画の力なのかもしれない。

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ということでピーター・ボグダノヴィッチ監督待望の新作『マイ・ファニー・レディ』のレビューでした。後味もよく良質なコメディです。ウッディ・アレン作品とも違った底抜けに楽しい映画です。93分という短い時間だけに少し「走り」過ぎているとも感じましたが、それでもちょこちょと出てくる 見覚えのあるカメオや、そして最後には驚きの後継者登場で大爆笑できます。本作はすでに日本では東京国際映画祭で上映されており、生ボグダノヴィッチも登場し感激に震えた映画ファンも多いことでしょう(僕もそうです)。嫌なことを忘れたい時に観るときっと元気になれる作品です。一般公開は2015年 に予定とのことですので、お楽しみに。

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