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映画ジャーナル<ビーグル・ザ・ムービー>

映画『タンジェリン』レビュー

クリスマスイブ のロスを舞台に、トランスジェンダーの娼婦とその浮気相手、そして移民者のタクシードライバーが織りなすカオスなコメディ映画。監督自らがストリートで出会った娼婦たちと練り上げた脚本をもとに全編をiPhone5Sで撮影した、これぞインディーという作品。滑稽で下品ながらも小さな優しさに満ちた、一人ぼっちのためのクリスマスストーリー。第28回東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門出品作。

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『タンジェリン/Tangerine』

全米公開2015年7月10日/日本公開2017年1月/コメディ映画/アメリカ/88分

監督:ショーン・ベイカー

脚本:ショーン・ベイカー、クリス・ベルゴッチ

出演:キタナ・キキ・ロドリゲス、マイヤ・テイラー、カレン・カラグリアン他

あらすじ

ロサンゼルスの夏のようなクリスマス・イブ。トランスジェンダーの娼婦シン・ディは、恋人の浮気相手を見つけてとっちめようと躍起になる。歌手を夢見る同業の友人アレクサンドラは、カフェでのライブが迫っている。アルメニア出身の心優しきタクシードライバーのラズミックは、変態ちっくな欲望を満たそうとしている…。危険な香りが漂う街を舞台に、3人の大事な夜がカオティックに交差する様を描く爆笑コメディドラマ。

参照:2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=139

レビュー 今夜、すべての一人ぼっちへ

本作『タンジェリン』はセクシャルマイノリティーのリアルな日常を描き、ひたすら「Fuck」や「Bitch」というお下品な言葉が飛び交うコメディだが、幕が閉じてからの余韻はこれまでのドタバタが嘘のように「クリスマス」な一作だった。

舞台はクリスマスイブのロス。刑務所でのお勤めを終えたばかりのトランスジェンダーの娼婦シンディは、歌手を夢見る親友のアレクサンドラとともにドーナツ屋で駄弁っている。しかし他愛のない話題のなかでアレクサンドラはうっかりシンディの彼氏が浮気していることを漏らしてしまう。激昂するシンディは彼氏の浮気相手の女をぶっ飛ばしてやろうと怒り狂うも、アレクサンドラは今夜予定されている自分のライブのことが気がかり。そこに一人のタクシードライバーが関わってきて、下世話なドタバタは収拾不能なまでのカオスに陥っていく。

本作を紹介するときにまず最初に記述されるように、全編がiPhone5Sで撮影されているため、スピーディーに展開していく場面の臨場感がうまく演出されている。インディー映画では一眼レフとアナモフィックレンズとの組み合わせはもう珍しくもないが、さすがに全編iPhone5Sとなると話題優先のようにも思える。しかし製作サイドによれば本当に資金難のための苦肉の策だったというが、これが幸と出でることになる。

物語はシンディとアレクサンドラ、そしてアルメニア移民のタクシードライバーの3名の視点で描かれ、劇中ではとにかくロスの下町を忙しなく動き回る。娼婦や路上生活者にジャンキーなど日曜朝の旅行番組では絶対に紹介されないような際どいロスの現実も、カメラ側に制限があるためか、過剰な演出がなく自然に見える。それはトランスジェンダーの生き方という、見方によっては悲惨で複雑な現実さえも一般の日常生活と大差なく、そこでは人は笑ったり怒ったりしているという当たり前の事実を改めて伝えてくれるのだ。リアルであることは、必ずも残酷であったり悲惨であったりすることのみを意味するのではないのだろう。

おかげでどうしようもなく下世話なクリスマスイブの狂想曲さえも、どこか懐かしく羨ましく感じてしまうから不思議だ。

例えばポール・オースターの小説の映画化『スモーク』のようにクリスマスに関しての直接の言及はなくても、本作は寂しいはずの一人ぼっちのクリスマスをほんのり温めてくれるような小さな優しさで満たされている。シンディはワガママで直情的だけどそれは情の厚さの裏返しであるし、アレクサンドラも叶わないとどこかで分かっている夢にも真っ直ぐだ。そしてアルメニア移民のタクシードライバーの存在が、トランスジェンダーという社会から(現実問題として)煙たがられる存在を決して外側に追いやらない「繋ぎ役」として作品全体の優しさを体現することになる。彼のおかげでトランスジェンダーという性のあり方を偏見なしに「笑う」ことができるし、彼ら彼女たちの日常が決して悲惨だけのものではないことも伝わってくる。そして性のあり方に関わらず、誰しもが生きてさえいればコメディ、という彼ら彼女を見下すことのない笑いは心地よい。

登場するのはトランスジェンダーやポン引き、娼婦に移民など偏見の対象となる人々ばかりだが、そんな社会の隅で生活している彼らを映す本作の眼差しは、等身大の優しさで満ちている。性のあり方や職業などを取っ払えば、どこにでもいる「あいつ」や「こいつ」そして「自分自身」と大差ないように思えてくる。

インディー映画というと観る人を選びそうだが、本作はそんなことない。もちろん子供に推奨できる作品ではないが、それこそ『或る夜の出来事』や『クリスマスキャロル』同様の暖かさがある、一人ぼっちのクリスマスイブにこそ観たい、紛うことないクリスマス映画だと思う。

『タンジェリン』:

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ということで『タンジェリン』のレビューでした。かなり下品で、とにかく笑えます。特にアルメニア人タクシードライバーが「そうだったんだ」というところでは腹抱えて笑いました。一見するとつながりのなさそうな彼らを繋げるのはやはり「それ」なんですね。こういう社会的弱者を描いたコメディというのは、実は危険で、彼らを見下すことでの笑いになりかねないのですが、本作はその点を非常にうまく回避しています。というかまともな人間が出てこないので、まともな「自分」を移入することができないんです。人間生きていればロクでもないもの、という諦めと共感が非常に心地よかったです。オススメです。以上。

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タンジェリン
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