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映画『ニーゼと光のアトリエ』レビュー

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ロボトミー手術などの非人道的な治療法が一般的だった精神病院に着任した女性精神科医のニーゼ。荒れ果てた患者に人間としての心を取り戻させるため、芸術療法という新しい手法で改革を進めていく一人の女性精神科医の不屈の愛を描いた感動の実話。第28回東京国際映画祭の最高賞である東京グランプリ受賞作であり、主演女優のグロリア・ピレスも最優秀女優賞を受賞。

『ニーゼと光のアトリエ
/Nise – The Heart of Madness』

日本公開2016年12月17日/伝記映画/ブラジル/109分/第28回東京国際映画祭・東京グランプリ受賞作

監督:ホベルト・ベリネール

脚本:ホベルト・ベリネール

出演:グロリア・ピレス、ファブリシオ・ボリベイア、アウグスト・マデイラ他

あらすじ

ショック療法が正しいものとされ、暴れる患者を人間扱いしない精神病院に、女医のニーゼが着任する。芸術療法を含む画期的な改革案を導入するが、彼女の前に男性社会の厚い壁が立ちはだかる。ユングの理論を実践し、常識に挑む勇気を持った精神科医の苦闘をストレートに描く感動の実話。

参照:2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=23

レビュー  -無意識を恐れない芸術賛歌-

統合失調症の患者の前頭葉の一部を切除するロボトミー手術や電気ショック療法が一般的だった1940年代の精神医療に、絵画などの芸術療法を取り入れた実在するブラジル人女性精神科医ニーゼ・ダ・シルベイラの苦闘を描いた本作は、第28回東京映画祭の最高賞を受賞するだけあって感動的な作品に仕上がっていた。

男社会で医者が特別な権威を持っていた時代にあって精神医療の現場とは、医師たちの力の誇示を第一とする患者無視の暴力的な医療が幅を利かせていた。その結果、精神病院は患者の治療を目的とする施設ではなく新しく劇的な治療法の実験場と化し、患者の人権はまったく考慮されていなかった。本作はそんな荒廃した病院に一人の女性精神科医が赴任するところから始まる。彼女の名はニーゼ。保守的な医師たちの妨害に遭遇しながらも、ユングの精神理論を実践し、絵画を通して患者たちの無意識にアクセスし彼らの病める心を癒しはじめる。

医師からは顧みられず、獣と同じ扱いを受けてきた1940年代の精神病患者たち。まだ精神と肉体の関係性や、脳の支配領域が現代ほど明らかにされていなかった時代にあって、「異常」と「通常」の境界のほとんどは当時の「常識」に委ねられていた。今でこそ「個性」という言葉で回収されるような人間の違いが、そのまま「異常」と分類され、状況いかんでは脳を切除され、耐え難い電気ショックの実験台にされる。それが「常識」だった時代。目の前で「異常」な行動を見せる患者たちを殴り嘲笑するのが「通常」とされる社会。主人公ニーゼはそんな時代の分厚い「常識」の壁にたった一人で杭を打ち込んでいく。

しかしこの「常識」の壁は一人ではどうにでもできないほどに分厚い。ビクともしない。そんな折に彼女が出会うのが、無意識に関する研究を行っていたユングだった。彼の著作に触れることで彼女のなかで、「常識」という言葉が「意識」という概念に置き換えられ、やがては「異常」という状態が「無意識」という言葉で解明可能であることに思い至る。

ニーゼが作業療法の一環として患者(この時点で劇中ではクライアントと呼ばれる)に絵を描かせてみた結果、思わぬ結果を生んだ。それは赤ん坊のお絵かきとは全く違い、芸術作品に近しい雰囲気を携えていたのだ。劇中では言及されていないが、おそらくその背景には19世紀フランスで注目されはじめていた「ナイーブ・アート」の存在があるだろう。アンリ・ルソーに代表されるように、絵かきとして教育を受けていない者が描く自由で素朴な作品が、これまでの絵画の「常識」を打ち破り、芸術として許容される下地がヨーロッパにはあった。しかし彼らが描いた絵画には、「ナイーブ・アート」とは違う何かがあった。それが「無意識」であることを精神科医でユングの著作に触れるニーゼが見過ごすはずがなかった。

そして患者の治療法をその無意識の発露に求めたことで、本作は一気に「治癒的」な作品へと変わっていく。ただ患者を癒すという意味だけでなく、その物語に関わる誤った「常識」を患っていた人々さえも癒していく。「異常」と「通常」という分類ではなく、「無意識」と「意識」と分けることで、本当の意味で精神病患者たちは病院のクライアントとなる。これまで彼らを邪険に扱っていた病院関係者たちも、芸術的な絵や彫刻を作り出す姿を目の当たりにし、自らの「常識」が誤っていたことを理解するのだった。感動的なエピソードが並ぶなかにあって、これまで腫れ物を触るように患者と接してきた病院関係者が、自然と彼らを大切な友人として接するようになる過程は殊更胸を打つ。患者たちが描く絵によって「通常」だと思われていた自分たちも知らず知らずに癒されていたのだ。

本作はクランクインの2か月前から全キャスト、スタッフが撮影現場となった病院に泊まり込み、実際に精神疾患を患う人々と共同生活を営んだという。そして実際に患者たちもエキストラやスタッフとして映画制作に加わっている。それは劇中における絵画と同様に、映画制作を通じての「無意識」理解の一助となったことだろうし、治療にもなっただろう。故に本作の登場人物の演技は胸を打つし、それが本当の患者であると疑わないほどにリアルだ。本作を制作することで、劇中で描かれた「治癒性」が実際に再現されているのだ。

劇中でニーゼは治療法確立のきっかけとなったユング本人から手紙を受け取るシーンがある。そこでユングは精神疾患の患者たちを「無意識を恐れない人々」と形容する。もちろんこれは患者のみに向けられた言葉ではなく、その治療法を通じて自らの「常識」を覆したすべての人々にも向けられている。そしてこの言葉は現代にも重要な意味を持つだろう。「常識」を頼りに他者への非難が当たり前のように行われている社会の生き辛さは、現代でも確実に存在する。それは「無意識を恐れる人々」によって為されていることが本作を見ればよく分かる。そしてそういった人々の多くは芸術を愛さない。なぜなら無意識と芸術とは決して分離できないものだから。

本作『ニーゼと光のアトリエ』は観るものにとっての癒しであると同時に、優れた芸術賛歌でもあった。

『ニーゼと光のアトリエ』:

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ということで『ニーゼ』のレビューでした。本作は第28回東京国際映画祭のグランプリを獲得し、主人公ニーゼを演じたグロリア・ピレスが主演女優賞を受賞し二冠を達成しています。個人的には全16作あったコンペのなかで特出した作品という印象ではなかったのですが、審査員長が『X-MEN』でマイノリティー迫害を描き、自身もバイセクシャルであることを公言しているブライアン・シンガーということもあり、この「無意識を恐れない」史実は無視できなかったのでしょう。何にせよ価値ある作品です。おすすめです。以上。

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ニーゼと光のアトリエ
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