ハリウッド版新作『ゴジラ』の公開を記念して、これまでの東宝ゴジラシリーズ全28作を見直すマラソン企画第27弾は『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』です。前作『×メカゴジラ』の続編に相当し、1961年の東宝映画『モスラ』とも繋がった本作。手塚監督得意の過去作へのオマージュが光るも、評判は悪くゴジラシリーズ終了を決定づけた作品としても記憶されている。なお同時上映は『とっとこハム太郎 ハムハムグランプリ オーロラ谷の奇跡』でした!
『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』2003年公開
監督:手塚昌明
脚本:横谷昌宏、手塚昌明
出演:金子昇、吉岡美穂、大塚ちひろ、長澤まさみ、小泉博
音楽:大島ミチル
■ストーリー■
ゴジラとメカゴジラ=機龍との闘いから1年。いつ再上陸するかもしれないゴジラ対策に政府はメカゴジラの修繕を急いでいた。その頃、日本領空を謎の巨大生物が侵犯。戦闘機の追撃を交わしながら姿を消した。
43年前にインファンタ島を調査し、モスラの日本上陸の際に活躍した中条信一(小泉博)のもとにモスラと深い関わりをもつ小美人(大塚ちひろ、長澤まさみ)が突然現れる。彼女たちがモスラに乗って日本にやってきた理由は、機龍に使われているゴジラの骨を元々の海に返すことを勧めるためだった。死んだ生物の残骸を兵器に転用することは許されないことだという。そしてその代わりにゴジラが日本を襲撃した際にはモスラがゴジラと戦うことを約束する。それが実現されない場合、モスラは人間の敵になってしまうという。
信一は旧知の仲である首相の五十嵐に直訴する。そして信一の甥で機龍の整備を担当する義人(金子昇)は複雑な想いを抱えたまま仕事にあたる。
その頃、九十九里海岸に巨大生物カメーバの死骸が打ち上げられる。そして死んだカメーバの頸部には致命傷と思われる巨大な爪に引っ掻いた跡があった。そして同じ頃、クアム島沖でアメリカの原潜が巨大生物に襲われ消息を絶つ。
ゴジラは海上自衛隊の攻撃をもろともせずに東京湾に侵入する。人々が非難をはじめるなか、信一の孫が学校の校庭に机でインファンタ島に伝わるモスラの紋章を描いていた。ゴジラ襲撃のなか、その紋章に導かれるようにしてモスラが日本に飛来する。そしてゴジラに勝負を挑みかかるモスラ。その姿に政府は調整中の機龍の出動を一旦見送らせる。
モスラは劣勢に立たされるも、闘いを止めようとしない。このモスラの死闘に感化された政府は、整備途中の機龍の戦場への投入を決断する。
東京を戦場とした闘いは、やがてモスラの幼虫も交えた激戦と化していく。
■感想■
前作同様に90分に収まっており、『×メカゴジラ』と本作を合わせて一つの大きな物語として観ることが出来る。また手塚監督作品らしく子供に満足してもらい、昔からのファンにも受けいれてもらおうとする努力の跡が、『モスラ』へのオマージュやカメーバの登場に現れている。
本作は良くも悪くも前作の延長線上にある作品で、ゴジラと戦う人たちの姿をメインに物語を構成している。しかも主人公を整備士という裏方に設定したことも、手塚流の「防人」たちへの想いの形だと思う。しかしやはり脚本がひどい。前作でも、特にメカゴジラ=機龍に関するトンデモ設定が評価を分ける要因となっていたが、本作ではそこを手直しすることもなく、前作以上に無茶な設定を施している。特にラストに訪れるメカゴジラとゴジラの関係には思わず絶句した。
結果的に、本作はゴジラの終わりのきっかけとなったのかもしれないが、2003年という『ロード・オブ・ザ・リング』も『マトリックス』も存在する映画界において、日本の映画製作の限界を示した結果にもなった。少なくも個人的には、この時点で日本の映画製作においては怪獣映画における最低限のリアリティ・ラインの確保が難しくなったことを認めざるを得なくなった。そしてその感想は2014年の今に至るも変わっていない。子供たちがゴジラよりもピクサーやディズニーのアニメに関心を抱くのも無理ない状況だった。
本作も見所がないわけではないし、特に過去作へのオマージュや後半のモスラの幼虫登場シーンなど燃えるところもあるのだが、やはりどれも既視感に溢れている。結果的に次作を最後に東宝はゴジラ制作を凍結するのだが、その決定は苦渋ながらも、仕方のない時代の要求だったのだろう。
個人的にはどうせならまだ愛する余地は残されていた本作を最後にしてもらえたほうがよかったと思う。
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この作品、モスラがとても良かったです。素晴らしい操演でした。
モスラ出演作で最高に美しいモスラであったと思う。
それに対しゴジラの造型がゴムっぽくて質感があまりよくなかった。