【ゴジラ第28作】『ゴジラ FINAL WARS』について

7月25日公開『ゴジラ』の公開を記念して勝手にはじめた、東宝ゴジラシリーズ全28作を見直すという企画もこれにて終了。北村龍平監督を迎えたシリーズ最終作(というフレコミ)は、歴代怪獣総出演をうたうも賛否は真っ二つに分かれる、これまでのゴジラシリーズの経験をぶち壊すような作品となった。

Dffaa0ca62

『ゴジラ FINAL WARS』2004年公開

監督:北村龍平

脚本:三村渉、桐山勲

出演:松岡昌宏、菊川怜、ドン・フライ、水野真紀、北村一輝、ケイン・コスギ、宝田明ほか

音楽:キース・エマーソン、森野宣彦、矢野大介

■ストーリー■

世界中で行われる戦争や核実験のせいで、それまで眠っていた怪獣が目を覚まし人類の脅威となっていた。地球防衛軍は各地で怪獣との闘いを強いられ、南極海ではゴジラを氷塊の隙間に突き落とし、封じ込めることに成功した。

一方、世界には人類より優れた体力をもつミュータントが出現し、防衛軍はそのミュータントを集めて「M機関」というエリート集団を結成し、怪獣との闘いに備えていた。そしてノルマンディー沖ではゴードン大佐(ドン・フライ)率いる舞台が海底にてマンダと戦う。ゴードン大佐はマンダを抹殺するに成功するが、機体に激しい損傷を受けたことを理由に軍法会議にかけられ、その場で暴力を振るったため幽閉される。

その頃「M機関」の尾崎(松岡昌宏)は国連から派遣された科学者の音無美雪(菊川怜)の護衛を務めることになる。そして北海道で発見された謎の巨大生物のミイラの調査中に、インファンタ島にくらす小美人(大塚ちひろ、長澤まさみ)が現れ、その怪獣は宇宙怪獣ガイガンであることを伝える。そして尾崎らはかつて地球に宇宙人が到来していたことを知るのだった。

そして、世界は一変する。日本人の国連事務総長の醍醐(宝田明)が何ものかに襲われ、そして世界中で一斉に怪獣が目を覚ました。ラドン、アンギラス、キングシーサー、カマキラスとチ地球防衛軍は劣勢に立たされる。そして尾崎らM機関のメンバーは東海地方に現れたエビラ討伐に向かい、激戦の末にエビラを追い詰めるも、とどめを指そうとした瞬間にエビラは消滅。他の怪獣たちも同時に消滅した。

そして上空に現れた謎の宇宙船団。そこから行方不明になっていた醍醐が登場し、この宇宙人に敵意はないと宣言する。そのX星人は地球に迫り来る妖星ゴラスがもたらす危機を知らせに来たと言う。

しかしX星人が醍醐を裏で操っていると見破った尾崎らは、幽閉中のゴードン大佐を仲間に引き入れX星人の企みを暴こうとする。そしてテレビの生放送中に嘘を暴かれたX星人は、地球の征服を宣言する。そして消滅したはずの怪獣が再び出現し、ミイラとなっていた宇宙怪獣ガイガンまでもが復活し、地球最大の危機が訪れる。

絶体絶命のなかゴードンらは人類最後に残された可能性として、南極海に閉じ込められている史上最強の怪獣ゴジラを復活させようとする。そしてゴジラは人類のため、いや、地球のために最後の闘いを開始する。

■感想■

本作はこれまで作られてきた『ゴジラ』映画とは全く違うものにでき上がった。98年のエメリッヒ版『ゴジラ』も含めて、『ゴジラ』映画は手法や趣向の違いはあれ、それらは怪獣映画というジャンルのなかで理解可能だった。しかし本作は最早怪獣映画ではない。もちろん歴代東宝『ゴジラ』に出演した怪獣が総出演して、尚かつ新怪獣も登場するとなれば、見た目は怪獣映画なのだが、実際には北村監督は全く違う映画を撮った。

本作はゴジラシリーズ最終作と銘打たれて公開されたが、実際に観る前まで、それは広告手法のひとつだろうと考えていた。これまでもゴジラの終わりを匂わせるキャッチコピーは多く作られてきたし、それでも東宝はゴジラを撮り続けた。しかし実際には2004年の映画事情を考えると、20億やそこらの制作費では、ハリウッドのリアルなCG大作映画に全く太刀打ちできないことは明白だった。それは観客以上に製作陣にも分かっていたはずで、東宝は本当にゴジラを終わらせたかったのだろう。そこで招聘されたのがアクション描写に定評のある北村監督だった。

北村監督は終わり行く『ゴジラ』を当時の格闘技シーンに重ね合わせた。本作と格闘技の親和性はキャストを観れば明らかだが、北村監督が映画内にもちこんだものは『ゴジラ』=『プロレス』という構図だった。似たようなテーマを繰り返すだけの物語を量産する製作陣も、そういった物語を半ば伝統芸能として享受する観客も、それら全てが時代遅れであることを宣言するように、北村監督は当時の格闘技シーンを持ち込んだ。2004年と言えばプライドなどの総合格闘技が華やかな時代でプロレスは終わったと言われていた。そして映画界に目を向ければ、『ロード・オブ・ザ・リング』があり、『マトリックス』があり、そして何よりアメコミ原作のスパイダーマンやX-MENも作られていた。長い歴史があるという意味で同じ土壌を持つアメコミ原作を本気で映画化したハリウッドが総合格闘技だとするなら、過去の焼き回しに終始する『ゴジラ』は当時のプロレスだった。この対比は確かに鮮やかだった。

本作を映画としてみた場合はひどいものだ。エビラとの格闘シーンや終盤の怪獣一本勝負など見所もあるが、それはゴジラ映画というよりも戦隊モノの魅力に近く、アクションもストーリーも意識的にハリウッドの劣化コピーに終始している。しかもそれらを北村監督は今の『ゴジラ』に必要なものと確信犯的に行っているから、当然反発も多かった。

これが『ゴジラ』映画なのかということは未だに議論されるが、今にして思えば、やはりこれも『ゴジラ』だと思う。ただし面白いとは微塵も思わない。

<スポンサーリンク>

dffaa0ca62.jpg

1 個のコメント

  • 終盤の格闘シーンは酷かったです。
    まるでゴジラとギドラがバックダンサーのようで……
    ガイガンやアンギラスのデザインはかなり好きなのですが。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です