【ゴジラ第26作】『ゴジラ×メカゴジラ』について

2014年版『ゴジラ』公開を記念して、これまでの『ゴジラ』シリーズ全28作を見直そうとするマラソン企画、第26弾は『ゴジラ×メカゴジラ』です。前作の怪奇風ゴジラとは異なり、現実世界のパラレルとしての東宝的世界を舞台にした本作。21世紀の映画と思えばやはり安さが目に付くが、ゴジラを90分でまとめたことが最大の功労。これは結構大事なことです。そして同時上映は『とっとこハム太郎 ハムハムハムージャ!幻のプリンセス』です。

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『ゴジラ×メカゴジラ』2002年公開

監督:手塚昌明

脚本:三村渉

出演:釈由美子、宅麻伸、水野久美、中尾彬

音楽:大島ミチル

■ストーリー■

1999年、千葉県館山に自衛隊の手によって何かが運び込まれる。そして台風の夜、それを追いかけるようにしてゴジラが再び日本に上陸するのだった。1954年のゴジラ出現以降に日本付近の生態系は崩れ、南海からモスラが出現したり、巨大人型怪獣ガイラが暴れたりと、日本は新たな自衛手段を求められていた。そして再び現れたゴジラの前に、対特殊生物自衛隊の面々が立ちふさがる。進撃を続けるゴジラに向かい、メーサー戦車によって反撃を試みる家城茜隊員(釈由美子)だったが、ゴジラには全く歯が立たず、逆に反撃にあってしまう。そのとき、家城隊員の運転する戦車が他の隊員の乗る車に激突し、その勢いで車は崖から落ちていき、ゴジラに踏みつぶされてしまう。なんとか生き残った家城隊員だったが、失意のどん底を彷徨うことになる。

一方、兵器による対ゴジラ作戦は無意味と悟った政府は、日本の頭脳を集めて、1954年に死んだゴジラの骨から取り出した細胞と骨格をもとにして対ゴジラロボット「メカゴジラ=機龍」の完成を目指す。湯原博士(宅麻伸)は最初はこのプロジェクトの参加に否定的だったものの娘の後押しで、メカゴジラ製作の中心人物となる。

そして2003年、とうとう自衛隊内で機龍隊が結成されメカゴジラの実践使用へ向けた訓練が開始される。そこには家城隊員の名もあった。メカゴジラのテストに合わせるように、ゴジラが東京湾に侵入を開始し、テストもままならない状態でメカゴジラに出動命令が下される。

ゴジラは横浜に上陸、そこでメカゴジラと対峙する。メカゴジラは圧倒的な火力とメーサー弾によってゴジラを攻め立てるも、ゴジラが咆哮を響き渡らせたことで、メカゴジラのなかに眠っていた意識が目覚めはじめ、突然コントロール不能になる。ゴジラは海中へと姿を消すものの、制御不能となったメカゴジラは街を破壊しはじめる。どうやらメカゴジランの土台となっている初代ゴジラの意識が、ゴジラの咆哮によって目覚めてしまったらしい。メカゴジラの暴走は体内のエネルギーが尽きるまで続くことになった。

メカゴジラの暴走で一体は壊滅状態になり、メカゴジラのプロジェクト自体が批判に晒されるも、湯原博士はゴジラのメカゴジラへの干渉を防ぐ手だてを講じる。

そして再びゴジラが出現。前回の失敗からメカゴジラの出動は控えられるも、ゴジラは自衛隊の攻撃をものともせずに進撃。とうとう最後の手段としてメカゴジラに出動命令が下される。メカゴジラと、それを操る家城隊員は、ゴジラの脅威から日本を守るために決死の闘いに挑む。

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■感想■

前作の金子修介監督による新解釈『ゴジラ』とは正反対の手塚昌明監督による本作は、これまでの東宝ゴジラを強く意識した作品になった。そのため映画としての冒険は少なく、一見さんにも優しく、またファンにも喜ばれるような作品にしようとした結果、何とも印象の薄い『ゴジラ』となってしまった感がある。

とにかく物語に真新しさがない。物語のプロットはどれもこれまでのゴジラの延長線上にあるものばかりで、ヒロインの釈由美子への言及が少ないため、主役としての重みが感じない。そして物語の中盤までがほとんど自衛隊物語になっているところも、評価が分かれるところだろう。

過去のゴジラシリーズ同様欠点を挙げればキリがないが、近作と比べても取り分けひどい出来栄えだという訳ではない。個人的にはミレニアムシリーズでは気に入っている部類にはいる。

まず序盤の物語の作り方は非常に上手い。新しいゴジラファンを獲得しようとする意欲が手塚監督からはっきりと伝わってくるし、いきなりの対ゴジラ戦もよく描いている。そして過去の東宝シリーズへの言及を加えることで、ファンにはサービスにもなるし、新規の観客には東宝的世界観の説明にもなる。

本作は前作同様に『とっとこハム太郎』との同時上映となっており、『ハム太郎』目的のちびっこの獲得という戦略も明白になっている。これは決して悪いことではない。そして本作は近作では珍しく90分以内に収まっているゴジラ映画になっている。そのため物語の深みは全くないが、新規ファンの獲得という目的を考えれば、その設定は正しかったと思う。そして映画そのものも余計な部分を削ぎ落とし、メカゴジラとゴジラの闘いに集中できるようになっている。

決して大満足と言える作品ではないが、新しい観客の掘り起こしを狙った作品として見れば、決して悪い映画ではない。そして何より手塚監督のゴジラにはゴジラファンの視点がしっかりと用意されており、どうしても嫌いになれない。器は小さいゴジラ映画だが、ゴジラの醍醐味は小さいながら詰まった作品だと評価したい。

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4 件のコメント

    • 匿名さん、平成ゴジラ(VS)で育った人間なんで、それはないですよ。
      今でも『vsビオランテ』がオリジナル以外では最高だと思っています。

  • 初めまして。この作品見ました。最初の「ある物」の運搬にあわせてのゴジラ出現。

    その「ある物」はきっと「核」でゴジラ出現に関係していてもしかしたら機龍の動力バッテリー代わりになっていると思ったけどそのような解説はないし、ヒロインを含め「もしかしたら(ある物)が出現原因なのでは?」「それがなければ隊員が死なずに済んだのでは?」と誰一人として疑問を抱いたり指摘しないのはちょっと疑問に思いました。(追及されたくないかのように女性首相も辞めちゃうし)

    けれど造形面での機龍の素の状態のデザインやフォルムは大好きです。機龍のバックパックが可変飛行機になったらもっと良かったかも。

    またシリーズの中でクライマックスシーンのほとんどが不安感を煽り、漆黒に溶け込む夜なのも一種の醍醐味なのかな?

    • まささん、コメントありがとうございます。
      ご指摘の通り、本作はうまく脚本がまとめられていない印象ですね。機龍の設定や煽り方などはいい線いっているだけに、もっといい作品になったポテンシャルは秘めていると思います。
      なんかこの頃になると、製作陣もゴジラに行き詰まりを感じているのか、気持ちだけて突っ走っている感が強く、うまくまとまりきれていない印象ですね。
      メカゴジラの扱いが、「とりあえずメカゴジラ」的な生中のようなものになってしまっているのも残念です。
      クライマックスシーンに関しては、やはり次回作を念頭に置きつつも、物語を終わらせることが求められており、なかなか難しいところなんだと思います。ゴジラは海から現れて、海へと去っていくことが様式化しており、我々もそれを期待しているところもありますね。

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