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映画ジャーナル<ビーグル・ザ・ムービー>

【ゴジラ第22作】『ゴジラ VS デストロイア』について

2014年版新作『ゴジラ』が7月25日に日本公開されるのを記念し、これまでの東宝ゴジラシリーズを全て見直そうというマラソン企画第22弾は『ゴジラ VS デストロイア』です。1954年のオリジナルゴジラを強く意識した物語は評価できますが、いかせん風呂敷を広げ過ぎな感は否めません。平成シリーズ最後の作品。

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『ゴジラ VS デストロイア』1995年製作

監督:大河原孝夫

特技監督:川北紘一

脚本:大森一樹

出演:辰巳琢郎、石野陽子、小林恵美、村田雄浩、中尾彬、篠田三郎ほか

音楽:伊福部昭

・ストーリー

前作『ゴジラ VS スペースゴジラ』の後、姿を消したゴジラとリトルゴジラだったが、突如、ゴジラは体を赤く光らし、赤色の熱線を吐きながら香港に上陸する。実はこの変化はゴジラの体内炉心の核エネルギーが不安定になったことを意味しており、いつ核爆発してもおかしくない状況だった。

同じ頃、東京の海岸部分で金属が溶解する事件が多発する。やがてその原因は1954年に出現したゴジラを葬り去るために使用されたオキシジェン・デストロイヤーが、海底で生き延びていた古代物に影響を与え、異常進化しか怪獣デストロイアにおることが分かった。やがてデストロイアは急速に巨大化し、遂には自衛隊でさえ歯が立たないほどの凶暴性を持つようになる。

そんななか行方不明であったリトルゴジラが成長したゴジラジュニアが故郷のアドノア島へ帰ろうとしていた。またゴジラは四国に上陸した際にカドミウム弾を被弾し、それにより体内の核分裂が制御され核爆発の恐れは少なくなった。しかし同時に体温が急激に上昇しメルトダウンする危険が生まれる。その結果地球は灼熱に覆われることになる可能性があった。

地球滅亡の危機を前に、唯一残された可能性がゴジラとその天敵のデストロイアを戦わせることだけだった。前作同様にゴジラジュニアを囮にして、デストロイアの前に現れたゴジラ。ゴジラの死を賭けた最終決戦が行われる。

・感想

ハリウッド版ゴジラ(エメリッヒ版)の公開が決まったことで、平成ゴジラシリーズの最終作として作られた本作は、これまで以上にオリジナルゴジラを意識した映画となった。そしてオリジナルからゴジラ映画に関わり続けた田中友幸の名前がクレジットされる最後のゴジラ映画であり、音楽の伊福部にとっても最後のゴジラである。そして『ゴジラ死す』というキャッチコピーも当時は話題になった。

内容も前作のお笑い一歩手前の演出はほとんどなく、リトルゴジラが成長したゴジラジュニアもましな造形となっている。そして適役デストロイアもインパクトはある。しかしインパクトがあるだけでパッとしない。途中から空を飛んだりするのは止めてほしい。ヘドラから何年経ったと思っているのか。

本題のストーリーに関しては何とか54年作品と折り合いをつけようとする努力の跡が見えるも、やはり唐突な印象は拭えない。特に体内炉心やら核爆発やらメルトダウンやら、ゴジラと核の関係を描こうとしているのは分かるが、難し過ぎる。難しい説明があればあるほど、こじつけ感が強くなってしまう。

そして問題であるラストのゴジラ代替わり描写であるが、あまりに露骨過ぎる印象だ。オリジナルゴジラで語られるように、他のゴジラの存在を示唆する程度で収めてほしかった。そうすれば次のミレニアムシリーズの際にもう少し驚きを持って迎えられたと思う。個人的にはリアルタイムのゴジラ体験はここまで。次のミレニアムゴジラは劇場で観なかった。そう言う意味で、この作品が一つの区切りになっている。

色々と不満を書いたが、ゴジラの一シリーズをしっかりと終わらせたということは十分に評価できる。やはり平成シリーズは良くも悪くも大森一樹の影響下にあったのだと思う。

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COMMENTS & TRACKBACKS

  • Comments ( 4 )
  • Trackbacks ( 0 )
  1. By タコさんウィンナー

    これは結構よかった。
    突っ込みどころはあるが、それでも前回のスペースゴジラがあまりにもひどかっただけにこれはとても面白かった。

  2. 通りすがりの者です。辛辣な内容ですがゴジラ愛ゆえにつきご容赦のほどを。
    ①デストロイアの造形が、とても魅力あるデザインとは思えない。子供だましにも程があるとは言い過ぎでしょうか。なんでも牙と突起をあちこちに生やしゃ良いってものでも無かろうに…これは前作からの悪弊ですね。
    ②デストロイア歩行時の、体幹と脚の動きがバラバラで不自然。ビオランテ最後の突撃シーン(1989)から川北班は全然進歩していないですね。いや、もっと遡ればカマキラス(1961)もこんな違和感を振りまいてましたね。モスラやギドラの躁演は絶賛されていますが、地べたを這いずる生物の所作もきちっとやって下さいよ…
    ③些細な点ですが、スーパーXⅢのジェット噴射煙?の描写もイケておりません。月面を行くムーンライトSY-3(1968)の噴射煙の時代から、東宝特殊技術は全然進歩しとらんですね…あれから37年の月日が流れているのに。
    ④ストーリについてはスレ主様と同意見(風呂敷広げ過ぎ)です。

    • trevalさん、お久しぶりです。
      おっしゃられる通り、本作はゴジラは伊福部や田中なのが関わった最後のゴジラなだけに、もうひと頑張りほしいですねよ。
      89年に出来ていた事が、その後全く出来ていない事は本当に残念ですね。
      個人的な感想では、ビオランテ以後の平成シリーズでは、ストーリーも特撮も全部逆算で作られているような印象です。
      全てが慌ただしく、結末ありきというか、、、
      やはり昭和シリーズは色々あっても、特に特撮部分では見所をしっかり作っていることを考えればやはり作り手たちの心意気を感じられます。

  3. 古い記事に対して今更なコメントを書くようで悪いですけど
    当時子供だった自分にとってはデストロイアの禍々しさと群体で活動する時の怖さも含めて凄く良いデザインだと思いましたし人形も親に強請って勝ってもらう位気に入ったのを覚えています
    確かに改めて見ると粗が目立つ作品だなぁと言うのはありますがシリーズの終わりとしても限が良く締めくくられていたと感じましたし
    そもそも怪獣として空を飛ぶなんてのはキングギドラやスペースゴジラ、他作品ですがガメラなんかでも居ましたし
    敵の怪獣はそういうものなんだと言う意識で当時は小難しく考えずに楽しめましたよ?
    通りすがりのゴジラ愛がどうだとか言う方が難癖レベルな批判をなされていましたが
    自分にとって、その子供だましでも「心の底から楽しめた」と言う事実を述べさせて頂きます

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