カズオ・イシグロ原作のベストセラーを綾瀬はるか主演でドラマ化する『わたしを離さないで』の第5話のレビューです。コテージでの生活も馴染みはじめた3人は、先輩住人が見たという美和の「ルーツ」と会いに行くことを決意する。新たな謎と希望が入り混じっていく。
『わたしを離さないで』
出演:綾瀬はるか、三浦春馬、水川あさみ
原作:「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ
脚本:森下佳子
音楽:やまだ豊
プロデュース: 渡瀬暁彦 飯田和孝
演出:吉田健 山本剛義 平川雄一朗
製作著作:TBS:「わたしを離さないで」公式サイト
第5話 あらすじ
孤立していた恭子(綾瀬はるか)を支え、恭子の防波堤となっていた浩介(井上芳雄)。
しかし穏やかな日々は長くは続かず、介護人になるためコテージをついに旅立ってしまい、恭子はまた一人に…
ある日、自分の「ルーツ」かもしれない人を見たと、コテージの住人から聞いた美和(水川あさみ)。
悩む美和だったが、自分のもとになった人がどんな人物なのか会ってみたいという欲求を抑えきれず、意を決して恭子、友彦(三浦春馬)らと会いに行くことに。
一方、かつて陽光学苑時代に神川恵美子(麻生祐未)から教わった「のぞみが崎」が、美和のルーツを探しに行った場所から近いことを知った友彦。
「海流の関係で色々なものが流れ着くため、なくしたものがあるかもしれない」という理由で名づけられたその海岸へ、自分たちが過去になくしたものもあるかもしれないと期待を膨らませる友彦は、恭子と美和に行ってみようと持ちかける…
第5話レビュー
介護人になるまでのモラトリアムな時間をコテージで過ごす恭子たち。本エピソードでは「介護人」や「提供者」の他に「ルーツ」というキーワードが登場する。
「ルーツ」とは恭子たちのような存在が臓器を提供する相手、つまり恭子らにとってDNA上の分身であり親でもあり、自分たちが生まれた理由でもあり死ぬ理由でもある。コテージの住人が美和の「ルーツ」を町で見かけたという話から、恭子たちは美和の「ルーツ」に会いに行くことを決意する。
結局は人違いだったのだが、その過程で前話で強調された恭子たちの出身校、陽光学苑の謎が上書きされることになる。曰く、陽光学苑出身者には提供者になるまでに、お互い愛し合うカップルに限り特別な猶予期間が3年与えられるという。そして陽光学苑時代に絵を書くことの重要さを教育された恭子たちだが、そこには特別な理由があるらしいことも示唆される。陽光で絵を教えられたことには意味があり、そしてそれは恭子たちにとって悪いものではないとも言う。
提供するまでの特別な猶予期間、そして絵を描くことの意味。一見すると何も繋がりがない二つの噂も、運命が決定付けられた彼ら彼女らにとっては重要な希望となった。しかしその希望は危険な存在でもあった。
期待しては失望することを恐る恭子は不確かな噂話に懐疑的なままだった。
前話で新展開を迎え、恭子と美和と友彦の三者関係がより濃密に描かれ、特殊な世界観のなかで彼ら彼女たちの普通の想いの尊さが浮き彫りになることが期待されるこれからのエピソードだが、本エピソードではそこから前に進むこともなく停滞したままの印象だった。
恭子が友彦に素直な想いを伝えるという流れはいいのだが、そこまでの展開が唐突すぎる。あと、時間の流れも把握しづらい。前話からどれほど時間が経っていて、エピソード内でどれだけの日数が経過したのか不鮮明だし、季節感も皆無だ。
そしてこれは以前からある問題点だがとにかく細部の作りがいい加減で、本エピソードではそれがひどく目立ってしまっている。学苑という閉じた空間では目立たなくとも、 外の世界と接触を持つことになったエピソードでは、この特殊な世界をどうやって再現するのかということが重要なのに、あまりにもいい加減だ。平凡パンチ風のポルノ雑誌が登場したと思えば、外の世界では今風の美容院が登場する。ファッションや街並みなどの統一感がない。
確かに原作小説には時代感が意図的に歪められていたが、それをそのまま映像化したら違和感しかないことくらいわかってもらいたい。だから映画版では映像の色調をあえて暗く設定し、描かれる世界観も現実とのパラレルのように演出していたのだ。しかしこのテレビドラマでは特殊な物語世界と現実世界が、ある部分では同じで、ある部分では時間が止まっているという結果になっている。結果、安っぽい印象が強くなっている。
SFのような特殊な設定を描く場合は細部をとにかく緻密に描くというのは常識なのに、このテレビドラマはナレーションによる世界観と登場人物の心情の説明に頼るばかりで、視覚情報としての映像の細部に全然こだわっていない。この歪みは物語が進行していくほどに目立っていくという予感は次回予告からもはっきりと感じ取れた。
まだ先のある連続ドラマなのだがら 無理に物語を急がせるのではなく、ちょうど物語の中間に差し掛かったのを機に1話くらいは特殊な世界の細部をじっくりと描くだけでもよかったはずだ。しかし結果は、前にも進まないし、粗も目立つということになってしまった。
前話でこれからの期待感をあおっておきながら、いきなりつまずいた感がある。話が前に進まないのなら、もっと丁寧に細部を描かなければ意味がない。デカメロンとかそういうサービスも必要なのかもしれないが、重要なのは世界観の細部だ。
これじゃあ、視聴者は離れていく一方だと思う。
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