いつもはガラの悪いサミュエル・L・ジャクソンが大統領を演じるサバイバル・アクション『ビッグゲーム 大統領と少年ハンター』のレビューです。北欧フィンランドの大自然を背景に、テロリストに撃墜された飛行機に乗っていたアメリカ大統領。彼を救えるのはハンターとして一人前になることを夢見る13才の少年ただ一人だった。日本公開は2015年8月15日。
『ビッグゲーム 大統領と少年ハンター/Big Game』
全英公開2015年5月8日/日本公開2015年8月15日/フィンランド・ドイツ・アメリカ合作/90分
監督:ヤルマリ・ヘランダー
脚本:ヤルマリ・ヘランダー、ペトリ、ヨキランタ
出演:サミュエル・L・ジャクソン、オンニ・トンミラ、ジム・ブロードベント、レイ・スティーブンソン他
あらすじ
フィンランドの森林地帯を飛んでいたアメリカ大統領(サミュエル・L・ジャクソン)を乗せたエアフォースワンが、大統領のセキュリティーと内密したテロリストによって撃墜されてしまう。エアフォースワンが撃墜される寸前に避難用ポッドに乗って森林地帯に不時着した大統領だったが、それもテロリストの計画通りだった。
一方、フィンランドの山岳地帯に育ち、偉大なハンターを父に持つ13歳のオスカリ(オンニ・トンミラ)は、一人前のハンターとなるためにたったひとりで森の中に分け入り、獲物を仕留める通過儀礼に挑んでいた。その途中、空から降ってくる飛行機に遭遇し、取り残された大統領と出会う。
人気のない森林地帯で武装したテロリストたちが迫り来る中、アメリカ大統領の命運はひとりの少年ハンターに託された。
レビュー
最高の素材で作られた、リアリティとクライマックスを失くした通過儀礼の物語:
2010年のヤルマリ・ヘランダー監督作『レア・エクスポーツ 囚われのサンタクロース』をご覧になられた方なら、本作を期待せずにはいられないだろう。長尺化するハリウッド大作へのアンチテーゼのように80分ほどにまとめられた前作は、最恐サンタクロースを向こうに回して少年が知恵とガッツで大立ち回りを演じる快作だった。しかも本作は前作の成功から注目を浴びたためにハリウッドの一線級俳優サミュエル・L・ジャクソンが出演している。そして彼の役どころはアメリカ合衆国大統領。これだけで好き者は劇場に向かうだろう。
しかし実際はそれだけの映画だった。サミュエル・L・ジャクソンが大統領を演じるというだけで、それ以上のものはない。これからの本作への酷評は、前述したような期待感の裏返しであるため、少しばかり公平さにかけるのかもしれないが、これほどまでに興味深い素材をここまで平坦に作られては文句のひとつも言いたくなる。
本作はひとりの未熟な少年が大人になるための通過儀礼として、大統領の救出を扱っている。父親が伝説の狩人である少年は、その背中に憧れながら「いつか自分も」という想いを抱いている。しかし少年にはその道のりは果てしなく遠いことも分かっていて、同時に父親もまた息子が自分同様の優れたハンターになれるのか確信が持てていない。そして夢にまでみたハンターになるための大事な通過儀礼の最中に、彼の前には助けを必要とする大統領が現れる。野生動物を仕留めるという目的は、一人の人間を守り抜くという試練へと変わっていく。
素晴らしい素材だ。親子を巡る感情の行き違いも、また少年をターザンのような無敵の自然児として扱わなかったことも、類型的な作品群からの差別化を図っており評価できる。このように映画の素材は素晴らしいのに、なぜ結果は散々だったのか。優れた料理が素材にのみ依存するわけでないことと同じように、映画もまた素材だけが揃ったからといって傑作となるのではないことがよくわかる。
まずリアリティがない。小さな箱に入ったまま急峻な崖を転げ落ちていく。普通ならただではすまないはずなのに、軽い擦り傷程度でまた次のアクションへと向かっていく。こういう現実感のないシーンが一つや二つではなく、最後まで続いていく。アメリカ大統領を一人の少年が救う、という設定を施している以上、全体のリアリティ確保のためには細部を詰めていくしかない。しかし本作はそれを怠っている。元々が荒唐無稽なのだからアクションシーンでのリアリティもいい加減で構わないと思っているのだろうか。確かにヤルマリ・ヘランダー監督の前作『レア・エクスポーツ 囚われのサンタクロース』にも同様の傾向は見られるが、前作は地中から伝説のサンタクロースが掘り起こされ、実はそれはサンタではなく悪の精霊だったという、徹頭徹尾のファンタジーで、ジャンルとしてもホラー・コメディというものだから許されたのであって、設定上はコメディやファンタジーの要素がない本作では決して見過ごされることはない欠点となっている。
そして最大の問題点は、本作にはクライマックスがないということだ。もちろん映画である以上ははじまりがあって終わりがある。一般的には映画の場合は終盤にクライマックスが用意されており、作品の評価の軸ともなる。もちろんクライマックスのない作品もあるが、それは一般的な映画の作法への対位的態度の表れで、サミュエル・L・ジャクソンが大統領を演じる映画で採用される手法ではない。それでも本作にはクライマックスがない。あるはずなのにないのだ。もちろんそれらしきものはあるのだが、前述したような魅力的な素材に見合った緊張からの解放感は描かれない。観ているこっちが恥ずかしくなるような仰々しいエンディングと、王道から意識的に外れようとする監督の「スカした」態度のせいで、クライマックスの位置関係がわからなくなってしまうのだ。ここが最高潮だと思ったら、そうではなく、そっちらしい。いや、もしかすると、もっと前のあそこがそうだったのかも。という具合でエンディングを迎えるころにはもう本作への関心を失ってしまっていた。
もちろんたった10億円程度の低予算で作られた野心的な作品ということは認めるも、だからと言って作品の内容まで肯定できるわけではない。90分というコンパクトな尺や、80年代のアクション映画を彷彿とさせるような疾走感など、評価されるべきポイントも確かに存在するのだが、それ以上にリアリティとクライマックスの欠如が大きく響いている。そのせいでメインの物語の後に用意されている「捻り」も、ただの悪ふざけにしか感じなかった。
もしこの素材をレニー・ハーリンやトニー・スコットが映画にしたら全く違ったものになったと思う。もちろんその際は製作費は10倍に膨れ上がってしまうのだろうが。
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ということで『ビッグゲーム 大統領と少年ハンター』のレビューでした。かなり期待して観に行ったせいで、かなりイライラしました(笑)。もっと壮大なアクション絵巻を想像していたら、とてもこじんまりと小さくまとまった作品でした。ギャグもつまらないし、とにかくアメリカの政府機関の無能ぶりばかりが際立った作品となっています。特にラストのオチは本当にひどい。こういう「俺は一味違う」系映画は嫌いです、はい。それでも雄大な自然のなかで、一人の少年が必死になって戦う姿には胸が打たれるのも事実。日本公開は8月15日に決定しているので、サミュエル兄貴の口の悪い大統領を見たい方は是非とも劇場へ。以上。
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