『ローマの休日』『ジョニーは戦場へ行った』などの名作を手掛けてきた脚本家ダルトン・トランボの半生を描く伝記映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』のレビューです。ハリウッドを襲った冷戦下での赤狩りの脅威に決して屈しなかったひとりの脚本家の信念を『ゴジラ』のブライアン・クランストンが熱演。当時のハリウッドの状況を知ることができるテキストでもある。
『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男/Trumbo』
全米公開2015年11月6日/2016年7月22日/ドラマ/124分
監督:ジェイ・ローチ
脚本:ジョン・マクナマラ
出演:ブライアン・クランストン、ダイアン・レイン、ルイスC.K.、ヘレン・ミレン、エル・ファニングほか
作品解説
『ローマの休日』『ジョニーは戦場へ行った』などの名作を手掛けてきた脚本家ダルトン・トランボの半生を描く伝記映画。東西冷戦下のアメリカで起きた赤狩りにより映画界から追放されながらも偽名で執筆を続けたトランボを、テレビドラマ「ブレイキング・バッド」シリーズなどのブライアン・クランストンが演じる。
引用:www.cinematoday.jp/movie/T0015684
レビュー
1940年代のアメリカは嫌な時代だった。第二次大戦が終わっても好戦的なムードが国中を覆い、ナチとジャップの次の矛先はコミュ(共産主義者)に向けられた。ロシア語を話せればコミュ、労働組合に入っていればコミュ、そして共産主義への弾圧を批判してもコミュというレッテルが貼られる暗黒時代。良識に恵まれ気骨のある人ほど社会的に抹殺されてしまう異常な空気がその時代のアメリカにはあった。
そして赤狩りだ。上院議員だったマッカーシーが率先した共産主義者を公的性の高い職場から追い出すという政治運動で1940年代後半にはハリウッドもその対象となった。チャーリー・チャップリンやジョン・ヒューストンが被害者として有名だが、赤狩りと映画芸術の関係を最も象徴する存在と言えば「ハリウッド・テン」と呼ばれ、ジョン・ウェインらが主導したハリウッドに隠れる共産主義者を糾弾する議会での証言を拒み有罪判決を受けた人々だろう。そしてその10人のメンバーのなかで最も有名で、有名であるがゆえに多くの中傷に晒されたのがダルトン・トランボだ。
『ゴジラ』や『ブレイキング・バッド』のブライアン・クランストンが波乱の人生を歩んだ稀代の脚本家ダルトン・トランボを演じる本作は、1940年代から60年代にかけてのハリウッドが最も閉鎖的でありながらも、スタジオシステムに対抗する野心的な映画人にも恵まれた当時のハリウッドの特徴を描いた物語となっていた。この映画に登場する当時の俳優や監督たちの関係性を知るテキストとしても優れているし、同時に現実に少し手を加える事でエンターテイメント作品として十分に成立している。
物語はダルトン・トランボと、のちに「ハリウッド・テン」と呼ばれる仲間たちの苦難から始まる。すでに時代は赤狩りが吹き荒れており、「愛国俳優」ジョン・ウェインや「愛国記者」ヘッダ・ホッパー(ヘレン・ミレン!)らが率先する形でハリウッドからの共産主義者の迫害がはじまっていた。そして赤狩りの舞台となった下院非米活動委員会に召喚されたトランボらは、言論の自由を保障する合衆国憲法に基づき証言を拒否するも、議会侮辱罪で有罪となり、トランボは幼い子供ら家族と離れ刑務所生活を余儀なくされる。
そして出所してからもブラックリストに載せられたために事実上ハリウッドから干された状態となり、仕事はなくなってしまう。それでもトランボは脚本を書き続けた。ハリウッドの人気作家だった彼は、名前を変え、そして仲間の名前を借り、衰える事ない創作意欲で干されたハリウッドで作品に関わり続ける。
『ローマの休日』でアカデミー賞を受賞したのは脚本家イアン・マクレラン・ハンターだが、実際にはその脚本はダルトン・トランボが書いていた。そしてハリウッドの主要会社がトランボを見捨てる中、エイリアンやカウボーイ関係のB級映画を製作していたキングス・ブラザース・プロダクションはトランボに偽名で脚本を依頼し続け、そして1956年にはそのB級製作会社が作った『黒い牡牛』で脚本家ロバート・リッチがアカデミー賞を受賞している。これもトランボが書いた脚本だった。
これらは全て赤狩りが猛威を振るっていた1950年代のことで、マッカーシズムに反対するフリースピーチ運動が1960年から盛んになることからも、当時はそれらの脚本をコミュのダルトン・トランボが書いていたとは誰も知らなかった。知られていたら「これはコミュの映画です」とレッテルが張られ興行が行えなかったのだ。
本作は40年代から60年代にハリウッドを覆った閉塞感のなかで、共産主義者排斥の流れには勝てないながらも、それに決して屈しなかったひとりの映画人の半生を描いている。言い換えればそれは負け犬たちの物語とも言えるが、もちろんその負け方は誰よりも美しく、何より偽の勝者よりも信念に満ちている。
ハリウッドのスタジオシステムのなかで良質な脚本を求められてきたトランボは、業界から干された事で日銭のために脚本を書くようになる。プライドを捨て、「質は最小限に、量は最大限に」を合言葉にB級映画の分野で結果を出し、やがては大手スタジオも彼のことを無視できなくなる。愛国だとか耳障りのいい事をどれだけ言おうが、良い映画を作れなければ客は来ない。逆にコミュだろうが豚だろうが役人の犬だろうが、実力があれば必要とされるのがショービズの世界だ。マイルズ・デイビスが「いい演奏をするなら、肌が緑でもかまわない」と言ったことと同じように、ハリウッドの本音とは「いい映画を作るのなら、頭の中が真っ赤でもかまわない」ということなのだ。
ダルトン・トランボは自らの力で過去を再現していく。偽名を使い仕事量をこなすことで、自由に脚本を書き仲間たちと作品や政治の理想について自由に語ったあの時代を自分の手で取り戻そうする。しかしそこには多くの犠牲もあった。仕事がないという現実に屈してしまう仲間や、自分を干した業界を憎悪する仲間、そしてトランボ自身もまた知らず知らずにうちに自分を損なっていく。傷つけた人はすぐに忘れられるが、傷つけられた人はなかなか忘れられないということは、当たり前に見えてもやはり残酷だ。
この時代のハリウッドが暗黒時代だったことは間違いない。いわゆる「ヘイズ・コード」と呼ばれる表現規制が生まれ、映画が偽善のプロパガンダとして作用していた。しかし一方で肥大化するスタジオシステムに対抗するように、徐々に挑戦的な映画人たちも現れる。本作にも登場する、マイケル・ダグラスの父カーク・ダグラスや、ソウル・バスの起用や映倫規定を改正させたオットー・プレミンジャー監督らは、このハリウッドの閉塞感に作品で対抗した人々だ。そして脚本家ダルトン・トランボの起用もまた挑戦だった。
本作は歴史に忠実な作品という訳ではない。トランボの友人で「ハリウッド・テン」のひとりという設定のルイスC.K.演じるアーレン・ハートというキャラクターは想像上の人物だし、本作には描かれないが実際にダルトン・トランボはアメリカから離れメキシコで暮らしており、その生活は貧窮を極めたともいう。
だからと言って本作で描かれるダルトン・トランボの姿が歪められているとは思わない。逆に、本作で脚色された「一度は挫折を味わった男の復活劇」というトランボの半生は、彼が脚本を書いた『栄光への脱出』や『パピオン』を彷彿とさせる。映画は面白くないといけないというトランボの精神が回り回って生かされている。
ハリウッドに限らずこの時代のアメリカに関心がある人には、物語の背景を含めて興味は尽きないだろう。共演者たちもヘッダ・ホッパーを演じたヘレン・ミレン、そして『アルゴ』ではジョン・チェンバースを演じ今回はB級映画プロデューサーを演じたジョン・グッドマン、またトランボの妻を演じたダイアン・レインに娘を演じたエル・ファニングなど、皆が個性的な役を過不足なく演じている印象だった。そのためブライアン・クランストンのトランボ役がとにかく映える。ラストのトランボによる演説シーンでは思わずグッときてしまうほどだ。
しかし赤狩りの背景はもちろん、カーク・ダグラスやオットー・プレミンジャー、エドワード・G・ロビンソンという当時の映画人を全く知らない状態だとなかなか入り込めないかもしれない。それほどに本作には多くエピソードが詰め込まれ、そして結果として物語に抑揚が少なくなってしまっているのも事実だろう。この点が本作の評価を分けそうだ。
それでも政治思想を含んだ伝記ドラマとしては思想的に偏る危険もあったが、本作ではひとつの娯楽映画としての面白みも実現している。それは映画のために思想弾圧と戦ったダルトン・トランボの伝記映画としては、本当に相応しいものだと思う。
『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』:
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ということでブライアン・クランストンがダルトン・トランボを演じた『トランボ』のレビューでした。『ゴジラ』では消化不良気味だったブライアン・クランストンの名演が最初から最後まで見られます。そして共演陣も豪華で、エリザベス女王を演じたデイム・ヘレン・ミレンが本作ではサラ・ペイリンみたいなヘッダ・ホッパーを演じています。彼女も実在の女優で今で言うところのコメンテーターみたいな人でもありました。本作ではヴィランです。そしてカーク・ダグラスはやっぱり最高にカッコイイです。赤狩りをテーマにした映画には傑作が多いですが、これもその一つに入ることでしょう。また当時のハリウッドの空気を知る上でもオススメできます。是非ごらんください。以上。
この作品を見て大変感動した。
あの時代に志を曲げず、たたかいぬいた姿に拍手!
さて、この記事でも紹介されている「ラストのトランボによる演説シーンでは思わずグッときてします」
わたしも、グッときたのですが早い場面展開なので記憶が定かではありません。
あの全文を見る方法はあるのでしょうか?
ぜひお教えください。