トム・ヒドルストン主演『アイ・ソー・ザ・ライト』レビュー

トム・ヒドルストンが伝説的カントリー歌手ハンク・ウィリアムズを演じる伝記映画『アイ・ソー・ザ・ライト』のレビューです。後の音楽シーンに多大な影響を与えたハンク・ウィリアムズが辿った苦悩の半生を描く。共演はエリザベス・オルセン。

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『アイ・ソー・ザ・ライト』

全米公開2016年3月25日/日本公開2016年10月1日/ドラマ/123分

監督:マーク・エイブラハム

脚本:マーク・エイブラハム

出演:トム・ヒドルストン、エリザベス・オルセン、チェリー・ジョーンズ、マディー・ハッソン

レビュー

トム・ヒドルストン演じるハンク・ウィリアムズがスポットライトを浴びながら甘い歌声を披露するシーンから始まる『アイ・ソー・ザ・ライト』は、日本人には馴染みのない「伝説的」カントリーシンガーの半生を知ることができる、という意味では価値ある作品なのかもしれない。実生活で、カントリーというジャンルに属するとされるテイラー・スウィフトとの恋愛でも話題となっているトム・ヒドルストンが、エルヴィスやボブ・ディランなどにも多大な影響を与えたとされる伝説的カントリー歌手を演じるということで話題にもなるだろうし、劇中ではトム・ヒドルストンがプロ顔負けの歌声も披露してくれる。

でも映画の中身について言えば、上述した魅力以外には何もない伝記映画となっていた。ハンク・ウィリアムズはこういう人生を送りました、というウィキペディアに書いてあるような出来事を、ただ映像化しただけの話。オープニングでスポットライトを浴びることでハンク・ウィリアムズの「光と影」を象徴させているように見せて、実際にはアルコール依存や女性問題など「影」のみでハンク・ウィリアムズを描こうとする、伝記映画の悪例のような作品だった。

「1940年代後半から50年代にかけてわずか6年ほどの活動期間ながらもチャートの首位に立った曲を11も送り出し、アメリカ最古のラジオ公開番組として名高い『グランド・オール・オプリ』では大人気を獲得、若くして富と名声を得ながらも、 背中に抱えた持病とアルコール問題に悩まされ、最後はロウソクの火がふっと消えるようにして29歳で没したハンク・ウィリアムズ」

2時間ほどの映画を観終わったあとに残るのは、あらすじでも読めば誰でも知ることのできるこの程度の情報に限られていた。

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(C)2016 I Saw The Light Movie, LLC and RatPac ISTL LLC. All Rights Reserved.

おそらく本作はクリント・イーストウッド監督作の『バード』をお手本としているのだろう。

ハンク・ウィリアムズのマネージャーでもあったフレッド・ローズの証言をカットインさせながら、「伝説的」歌手ハンク・ウィリアムズの知られざる半生を描き出そうとしている。実際に彼と一緒の時間を過ごした人物の証言をもとにその半生をトレースしているという名目なのだ。

そのため物語は歌手デビュー直後のハンク・ウィリアムズの物語からはじめられ、最初の妻でエリザベス・オルセン演じるオードリー・シェパードとの不思議な夫婦関係や、 アルコール問題、そして背中に抱えた持病などの背景は、すでにそこにあるものとなっている。つまり彼の「闇」がすでに「闇」として存在しているものとして物語が開始される。

この点においてクリント・イーストウッドの『バード』も同じだ。ハンク・ウィリアムズが白人の人気歌手だったのと同じ頃に黒人の人気ジャズミュージシャンだったチャリー・パーカーも麻薬と酒の問題を抱え、34歳という若さでありながらボロボロになって死んでいった。そして『バード』では「なぜチャーリー・パーカーは酒と麻薬を必要としたのか」という部分はほとんど描かれず、酒と麻薬で身を滅ぼしていく人気ミュージシャンの姿を退廃的に描いた。まるでそれがチャーリー・パーカーの実像だと言わんばかりに。

『バード』にも同様に疑問を覚えたが『アイ・ソー・ザ・ライト』を観ても思うのが、なぜ人は音楽と退廃を安易に繋げたがるのだろう。確かにハンク・ウィリアムズもチャーリー・パーカーもその内部に深い闇を抱えていたことは間違いない。だからこそ彼らはアルコールや薬物に逃げたということも間違いない。しかしその事実のみが彼らの音楽性に深く関係しているとするような作品構成は伝記映画としてはあまりに歪過ぎる。事実、『バード』が公開された時、最も反発したのは「実際に」チャーリー・パーカーを知っていた彼の仲間達だった。確かにチャーリー・パーカーには問題があった。しかしそれ以上に彼は明るくユーモアに溢れ、みんなから愛されたという事実がすっぽり抜け落ちていると反論した。実際にパーカーを知る人々は彼の豊かな音楽性の源を、その彼の「闇」ではなく、「光」のほうに求めていた。

『アイ・ソー・ザ・ライト』でも描かれるのはハンク・ウィリアムズの「闇」ばかり。ジャニス・ジョプリンやカート・コバーン、エイミー・ワインハウスなど夭逝した「天才」たちを描く時、殊更その闇に彼らの天才性を求めがちだが、それは「天才とはこうあってほしい」という凡人達の願望の集積でしかない。

また物語としても本作はハンク・ウィリアムズの半生をまったくまとめきれていない。彼の闇ばかりを描いた結果、観客がハンク・ウィリアムズのファンになる機会を奪っている。だから映画のラストでハンク・ウィリアムズが退場しても、それを悲しむ劇中のファンたちと同じ思いをすることができない。

本作のタイトルにもなっているハンク・ウィリアムズの「I Saw The Light/アイ・ソー・ザ・ライト」の歌詞の一部が本作の痛烈な皮肉にもなっている。

光を見た、光を見たんだ

もう闇も消えて、夜も終わった

過去を悔いて信仰に目覚めた男の姿を歌った曲をタイトルにするのだから、「闇」だけでなくそれを作ったはずの「光」も描くべきだった。

『アイ・ソー・ザ・ライト』:

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