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トム・ヒドルストン主演映画『ハイ・ライズ』レビュー

トム・ヒドルストン主演でSF作家J・G・バラードの長編小説を映画化した『ハイ・ライズ』のレビューです。フロアごとに階級が分けられ、上層階へ行くにしたがい住民が富裕層になっていくという階層的タワーマンション。ある夜に発生した停電が秩序を作っていたヒエラルキーを激しく揺さぶる。

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『ハイ・ライズ』

日本公開2016年8月6日/SFドラマ/119分

監督:ベン・ウィートリー

脚本:エイミー・ジャンプ

原作:J・G・バラード

出演:トム・ヒドルストン、ジェレミー・アイアンズ、シエナ・ミラー、ルーク・エバンス、エリザベス・モス

レビュー

世界が破滅しようとする時、大抵の場合、物語はヒーローを求める。その破滅を食い止めるために戦う勇気あるヒーロー、もしくは滅びゆく世界のなかでも人間性を失わず「一本のりんごの木を植える」ような無名のヒーロー。しかしJ・G・バラードは『結晶世界』でそうだったように世界の破滅に対する人類の戦いにはほとんど関心を示さない。あくまで破滅しようとする世界の住人の「内宇宙」つまりは、個人の深層にのみ着目し、そこに物語の意義を求めようとする。

下界とは違う独自のルールで自足する高層マンションを舞台にした本作『ハイ・ライズ』も原作者J・G・バラードの代表作のひとつで、滅びのままの世界を描いている。

そのマンションには独自のルールがある。住民たちは住んでいる階数によって階級分けされ、富裕層は上階に、そして貧しくなるにしたがって下階へと降りていくのだった。しっかりと明文化されたルールではなく、あくまで暗黙のルール。そのルールを基にしてマンションはデザインされ、入居者も選定されている。

トム・ヒドルストン演じる主人公ラングは生理学の教授で、学生たちに人体の解剖法を教えている。家族の不幸から生活を一新させようと、彼はマンションに引っ越してきた。しかし映画のオープニング、ラングは血が滲み汚れきったシャツを着ながら、直火で炙った犬肉を頬張っている。一体、そのマンションで何が起きたのか?

スポーツクラブやスーパーマーケットも内蔵して小社会を形成するマンションの特異なルールは、やがて人々の面の皮を引き剥がし、その奥に潜んでいる醜悪で悦楽的な本当の姿を暴き出していく。

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マンションの最上階に住むジェレミー・アイアンズ演じるロイヤルが、デザインとコンセプトを作り上げた最高権力者。そしてトム・ヒドルストン演じるラングは40階建ての25階部分に引っ越してきた。26階にはシャーロットというシングルマザーが暮らし、ルーク・エヴァンズ演じるビデオジャーナリストのワイルダーは下層に暮らしている。

一見すると同じマンション内で平和的に暮らしている彼らには、目に見えないながらもはっきりとした線が引かれていた。その顕著な例が電気だった。マンション全体に供給される電気量に対し、上階に暮らす富裕層の消費が大きく、下層の人々は突然の停電に悩まされる。マンションの特異な性質上、上階の住人に多くの権利が与えられていることは下層住人もまた承知のことだった。しかしそのフラストレーションは住人たちさえも気がつかないうちに徐々にマンション内に蔓延していった。そしてそのフラストレーションは、ほんの些細なきっかけを契機にして、マンションをひっくり返すような狂宴へと発展していく。

J・G・バラードの原作のトーンに合わせるような映像世界は無機質で、劇中で何度もインサートされるグロでさえも、芸術表現のひとつのように感じられる。トム・ヒドルストンが実際の人体解剖にまで立ち会って役作りまでした、人間の頭部にメスを入れ頭皮をバリバリと剥がして頭蓋骨をかち割るという序盤で描かれる一連のエレガントなグロカットも、観客に向けた先制ジャブのようなもので、それがジワジワと後半に効いてくることになる。

グロだけでなくエロもある。トム・ヒドルストンもシエナ・ミラーもジェレミー・アイアンズもエリザベス・モスも大方の出演者はセックスする。若い男も、太っちょも、妊婦も、シングルマザーも、老人も、レズビアンもみんな酒を飲んで、セックスする。そしてそれもグロ同様に、バラード的なシュールと近未来のちょうど中間のような世界観のおかげで、観客を扇情するようなことはない。芸術的に回収されている。

グロをグロとしてではなく、エロもエロとしてではなく、人間の生まれ持ったそもそもの醜悪さのなかに含まれるものとして描かれており、「ハイ・ライズ=階級分けされた高層マンション」は、その人間本来の姿が暴かれる<宴会場>のような役割でしかない。狂気を酒にして何でもありの宴会場に迷い込んだ男が、狂気から逃げようとしつつもやがてはその快楽の罪に身を委ねる。

そして多くのSF作品が現実社会とのつながりを求めるように、本作も現代社会が未だに抱える見えざる支配階級という存在の末路を予言してみせた作品なのだろうが、原作が書かれてから40年以上経過しているだけに、それがバラードの慧眼なのか、社会の本質なのか、その違いを問うこと自体がナンセンスに思える。

それよりも本作の問題とは、言ってしまえば我を失うほどに酔い狂う集団の末路を描いた作品ということなのに、それを描くのに2時間もかかるのはいくらなんでも長すぎる、ということ。その不必要な長さのせいでグロやエロが本作で持つべき作品のトーン形成という役割を離れ、物語の緊張感の補完としてしか作用しなくなってしまっている。おかげでグロもエロも飽きてしまう。

これがなかなか致命的で、狂宴がはじまってからは一気に退屈を覚えることになった。あまりに長い祝宴に酒を飲みすぎたせいで眠くなってしまうような感覚だ。

J・G・バラードの原作小説の映画化としては非常に良くできていると思うし、頭のおかしい「最も正気」な男を演じたルーク・エヴァンズも素晴らしかった。でも長い。90分に纏めてくれていれば良作と呼べたのかもしれない。

『ハイ・ライズ』:

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ハイ・ライズ
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