ロバート・ゼメキス監督がニューヨークのワールドトレードセンターで命がけの綱渡りを敢行した男の物語を3Dで映画化した『ザ・ウォーク』のレビューです。命知らずのフランス人大道芸人をジョセフ・ゴードン=レヴィットが熱演。高所恐怖症の人にはキツイ、クラクラしそうなほどの臨場感を体感してください。
『ザ・ウォーク』
全米公開2015年9月30日/日本公開2016年1月23日//分
監督:ロバート・ゼメキス
脚本:ロバート・ゼメキス、クリストファー・ブラウン
出演:ジョゼフ・ゴードン=レヴィット、ベン・キングズレー、シャルロット・ルボン 、クレメント・シボミーほか
作品解説
1974年8月7日、当時世界一の高さを誇ったワールドトレードセンター。フランス人の大道芸人フィリップ・プティは、地上から高さ411メートル、110階の最上階で、そびえたつツインタワー間をワイヤーロープ1本でつなぎ、命綱なしの空中かっ歩に挑む。主人公プティ役は「(500)日のサマー」「インセプション」のジョセフ・ゴードン=レビット。プティの綱渡りの実話は、アカデミー賞を受賞したドキュメンタリー映画「マン・オン・ワイヤー」でも描かれた。
レビュー|理由なき感動の物語
本作『ザ・ウォーク』は優れたエンターテイメント映画だ。主人公の個性もしっかりと描かれ、彼を中心とした人間ドラマも効果的に語られ、目玉となる綱渡りシーンでは映画体験という表現がぴったりくるような臨場感が味わえる。そして物語全体を通しても、高さ400m以上もあるビルの間に張ったロープを命綱なしで綱渡りするという世紀の奇行が、やがてはロマンに満ち溢れた「史上最も美しい芸術犯罪」とまで賞賛されるようになった経緯を、スリルとコメディ満載で描いている。なぜ綱渡りするのか、その理由や目的がなくても、この映画は強い感動をもたらす。
フランス人の大道芸人フィリップ・プティは数あるサーカス芸のなかでも綱渡りに取り憑かれていた。やがてニューヨークに当時世界最高となるワールドトレードセンターが建つことを知ると、その二つのビルの間を綱渡りするという夢を抱く。そこから手慣らしにパリのノートルダム寺院でチャレンジし成功するも、警察に捕まってしまう。それでも諦める気などさらさらなく、フィリップは英語を勉強し、恋人や友人ら「共犯者」の助力もありニューヨークへ向かう。そして一世一代の大技に挑むのだった。
あの日、あのタワーが崩壊してから15年近くたった。グラウンドゼロにはワン・ワールドトレードセンターという別の高層ビルが建った。でも状況は何も変わっていない。本来はなくなってしまえば、その影もなくなるはずなのに、あのタワーだけはなくなったことでその影を深くしている。
ピューリッツァー賞も受賞したアメリカの漫画家アート・スピーゲルマンが9.11テロの後遺症について書いた作品『消えたタワーの影のなかで』でも描かれるように、イカれた狂信野郎どもの狂った大義のせいで、本来はそこと何の関係もない個人の過去や傷、そしてトラウマをワールドトレードセンターが象徴するようになってしまった。あのタワーの影を感じるたびに人は傷つき、そして人が傷つくたびにあのタワーの影は深くなっていく。
そこは人々が悲しみ花を手向け、もう確認されることのない行方不明者たちがまるで亡霊となって彷徨っているような場所となった。このようにしてワールドトレードセンターは負の象徴となった。忘れようとすればするほどに影が深くなっていく悪夢のよう。
本作『ザ・ウォーク』で描こうとしているのは、9.11以降の影となったワールドトレードセンターではない。朝日を浴びてまさにここから大いなる挑戦に挑むような、希望と夢に溢れたワールドトレードセンターだった。
苦悩や絶望を語るには理由が必要かもしれない。そして敵も必要だろう。いじめっ子を100倍返しにしていじめ返すという快感は間違いなく存在する。しかし本作で観客が実感するのは、希望や夢を語るのには敵は必要ないし、理由さえもいらないということだ。ジョセフ・ゴードン・レヴィット演じるフィリップが物語中に綱渡りをする理由を尋ねられても「ただそうしたかっただけなんだ」としか答えられなかったことは本作のテーマ部分と深く結びつくのだ。
本作はすでにアカデミー賞も受賞したドキュメンタリー『マン・オン・ワイヤー』と同じ出来事を描いている。『マン・オン・ワイヤー』では本人の証言や再現映像などを用いて「史上最も美しい芸術犯罪」と呼ばれた綱渡りの一部始終を描いている一方で、本作『ザ・ウォーク』では、この理由なき世紀の奇行が、どれほど多くの感動を巻き起こしたのかということが描かれていく。フィリップの魅力に吸い込まれるように「共犯者」たちが集まり、やがてはニューヨークを人だかりで埋めてしまう。そこに理由はない。なぜフィリップがワールドトレードセンターを綱渡りするのかという理由は描かれない。彼らが見上げ歓声を送った先に、理由も大義もない。というか、そんなものは端からないのだ。
何かと世相を反映したような映画が多くなる中、本作は驚くほどまっすぐで、口に出すのもはばかれるようなシンプルなテーマを描いている。しかし映画のラストではグッと胸が熱くなるのを禁じ得ないのは、理由なきフィリップの奇行に歓声を送るニューヨーカーといつの間には観客が同一化してしまうからだろう。そしてそれは希望に満ち溢れたワールドトレードセンターを見上げることと同じことにもなる。
朝焼けのなかで始まる本番の綱渡りシーンは3Dで見ると本当に目が眩むほどに恐ろしい。なぜこんな恐怖を好んでフィリップは求めたのか。その理由はもちろん分からないのだが、この映画を見て感動する自分という存在がその理由となっているのかもしれないと思うと余計に本作が好きになってしまう。
高所恐怖症の人には注意が必要かもしれないけど、その恐怖分の感動が約束された一作。
『ザ・ウォーク』:
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ということで『ザ・ウォーク』のレビューでした。ドキュメンタリーの『マン・オン・ワイヤー』と比べるとちょっと可哀想かもしれませんが、それでもやはり3D演出は見事でしたし、ちょっと冗長にも感じた前半部の説明パートがしっかりと回収されていくのも見事でした。また元々フランス語が得意だったジョセフ・ゴードン・レヴィットの流暢なフランス語と訛りのある英語もさすが役者という感じでした。シャルロット・ルボンなどの「共犯者」たちの個性も豊かで声をかけてくれれば喜んで仲間になりたいと思わせる魅力がありました。高所恐怖症の方にもこういった狂った男がいるということを確認できるのでオススメです。以上。
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