映画レビュー|『靴職人と魔法のミシン』-本当にくだらないファンタジー

アダム・サンドラー主演のファンタジー・コメディ『靴職人と魔法のミシン』のレビューです。ニューヨークの下町で小さな靴修理屋を営む冴えない中年男に降ってわいた魔法の奇跡。ダスティン・ホフマンやスティーブ・ブシェミといった個性派俳優が脇を固め、監督は『カールじいさんの空飛ぶ家』で脚本を担当したトーマス・マッカーシー。大人のためのファンタジー。

The cobbler

『靴職人と魔法のミシン/The Cobbler』

全米公開2015年3月13日/日本公開2015年6月5日/アメリカ映画/99分

監督:トーマス・マッカーシー

脚本:トーマス・マッカーシー、ポール・サド

出演:アダム・サンドラー、ダン・スティーヴンス、ダスティン・ホフマン、スティーブ・ブシェミ他

あらすじ

マックス(アダム・サンドラー)はニューヨークの下町で代々続く靴屋の冴えない主人。年老い軽い認知症を抱える母親と暮らしているが、父は蒸発していた。

マックスは代わり映えのしない毎日に嫌気がさすも、それでも何もできずにいた。一方でマックスが暮らす下町にも都市開発の波が押し寄せ、昔ながらの情緒ある街が危機にさらされていた。

そんなある日、いつものように仕事をしていると靴の修理用ミシンが壊れてしまった。急な仕事があったため仕方なく父親が昔に使っていた古いミシンを取り出してくる。そして出来上がった靴を何の気なしに履いてみると、何とマックスがその靴の所有者に代わってしまったのだ。中身はマックスでも外見はその靴の所有者のものになってしまう。実はその場しのぎで使った古いミシンは、それを使って修繕した靴を履くと、その所有者に成り代われるという魔法のミシンだったのだ。

不思議なミシンを得たマックスは、やがては人のための使うようになり、街の再開発の裏に跋扈する悪どい連中と戦うことになる。そしてやがてはその魔法のミシンの持つ本当の意味を知ることになる。

レビュー

もうアダム・サンドラーを消耗するの、やめませんか?:

ここ数年、ずっとロクでもない映画ばかりに出演続けるアダム・サンドラーだが、それでもポール・トーマス・アンダーソン監督作『パンチドランク・ラブ』で見せた不安定でも真面目で優しい名演を知っているだけに、新作が出るたびにチェックせざるを得ない。それほどまでに『パンチドランク・ラブ』での彼の存在感は際立っていたし、その再現を今でも心待ちにしてる。

一方、このロクでもない『靴職人と魔法のミシン』という腐れ映画では、アダム・サンドラーはただの真面目で朴訥とした男でしかない。彼の最大の魅力であり、『パンチドランク・ラブ』で最大限発揮された、一見すると真面目で朴訥だが、その裏にはとんでもない葛藤やリビドーを抱えているのかもしれない、という彼の二面性はまったく考慮されていない。徹頭徹尾、中身はいい男。主人公の描写がその程度の上っ面のものでしかないから、他の出演者も言わずもがなで、せっかくダスティン・ホフマンやスティーブ・ブシェミといった癖の強い俳優が出演しているのに、映像から受ける印象以外の顔を拝むことはできない。それもこれもラストのオチのなせる技なのかもしれないが、どちらせによ無味無臭だ。

本作はファンタジー・コメディというジャンルなので、設定がファンタジーなのはいい。魔法のミシンで直した靴を履くと、その所有者の外見に変わってしまう、という『ハンサムスーツ』並にどうしようもないアホ設定も、「ファンタジー」ということで目を瞑っていよう。大事なことなので繰り返すが、設定そのものがどうしようもないほどにアホであるが、これ以上は言うまい。しかし人物設定までもファンタジーにしてしまっては、もう映画として評価のしようがない。退屈とか眠いとかいう以前の問題として、そこから何の訴えも感じられないのだ。この映画のテーマとは、「人は中身こそがものをいう」ということであったり、もしくは「与えられたギフトは自分以外の人のために使おう」ということであるのだろうが、そもそも安っぽいテーマに加えてそれを体現する登場人物も薄っぺらでファンタジーな存在だから、まったく物語としての実感もまったくない。

もう本当にいい加減にしてほしい。実は本作『靴職人と魔法のミシン』に関しては、実は期待していたのだ。監督と脚本を務めるのはトム・マッカーシー。彼は脚本家としてピクサーの『カールじいさんの空飛ぶ家』を、監督としても2011年にポール・ジアマテッィ主演で『WIN WIN ダメ男とダメ少年の最高の日々』という映画を作っており、これがコメディ映画として素晴らし出来栄えだったのだ。冴えない男が日常の豊かさに癒されていく物語は彼の得意とするジャンルだったろうし、アダム・サンドラーもまたそういった映画でこそ映える俳優なのだ。しかし結果は無残だった。

本作のダメなところを挙げ連なっていくのは得策ではない。それは日本公開が決まっているという配慮ではなく、徹頭徹尾ダメな部分で物語が構成されているように感じるからだ。おちゃらけた設定、紋切りタイプの人物設定、裏表のなく良い人は良くで悪い人は悪いという小学生も騙せないような非現実感、そしてこれ見よがしに派手なオチ。もう全部が鬱陶しい。

近年これだけくだらない映画に出続けているアダム・サンドラーだが、俳優としての彼の魅力というには確かに存在する。しかしそれは決して凡庸な脚本や物語をたったひとりの演技によって肯定できるような種類の魅力ではない。こういった安易な設定の物語では彼の魅力を引き出すことが不可能なのは無論、彼自身の魅力まで消耗してしまう結果になりかねない。

本当に、もういい加減、アダム・サンドラーの無駄使いはやめてもらいたいのだ(『ピクセル』のクリス・コロンバス監督はその点をよく理解していると信じている)。

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ということで『靴職人と魔法のミシン』です。内容としては本当に『ハンサムスーツ』をちょっとスケール大きくしただけのもので、北川景子の代わりみたいな美人モデルのサービシショットだけが見所とも言える作品でした。それも物語の序盤に出てくるのであとはひたすらイライラが募り、最後の最後でドヤ顔でのオチを見せられたところで、「いい加減にしろ」と愚痴りたくなります。日本公開が2015年6月5日に決定しているようなので、あまり断定的な物言いは避けて客観的かつ上品に要約すると、毒にも薬にもならないただのクソ映画です。以上。

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