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映画ジャーナル<ビーグル・ザ・ムービー>

【映画】インド映画『めぐり逢わせのお弁当』レビュー

インド映画としては珍しい歌も踊りもない誠実な恋愛映画『めぐり逢わせのお弁当』のレビューです。2013年のカンヌ映画祭で絶賛された等身大の今のインドを描いた秀作。急速に成長を続けるインド最大の都市ムンバイにとっての『東京物語』となるような作品だと思いました。

Lunchbox

・ストーリー

無数の人々が交差する大都市ムンバイでは、今でもお弁当を届けるだけの職業(ダッパーワーラー)カーストが存在し、職場へ向かった主人の跡を追うようにして、家庭で作られたお弁当が、自転車や電車に乗って、そして職場へと運ばれていく。

ムンバイで主婦をしているイラも、毎朝数種類のカレーを作っては夫の職場へと送り込んでいる。そしてイラは最近家庭でほとんど会話のなくなった夫の気を引こうと普段にも増して気合いをいれて弁当を作っていた。そして、いつもは残飯がある弁当箱が空っぽだった。きっと新しいレシピを気に入ってくれたのだろうと思い、夫に尋ねるも反応はいつもと変わらなかった。そしてイラは自分の作った弁当が夫ではない誰かのもとに誤配されているのではないかと疑い、ある日、弁当箱にそっとメモを忍ばせた。

定年を間近に控える会計係のフェルナンデスは、ある日届けられた弁当の中身がいつもとは違うレシピで作られたものだと気がつく。普段の弁当は家の近くのレストランに頼んでいるのだが、代わり映えのしないカリフラワーのカレーが定番となっていたのだが、その日のカレーはアロマが効いた絶品だったのだ。4、5段に重なった弁当を食べ残すことなく平らげた。妻に先立たれてからはともに食事をする相手もいなくなり、孤独に暮らすフェルナンデスにとって、いつしかその弁当が日々の楽しみとなっていく。また次の日も、外へも香りが漂うような弁当がフェルナンデスの職場へと運ばれた。そして弁当のなかには一枚のメモが入っていた。

どうやら夫は外で別の女と会っていることに感づいたイラは、一人の娘と病気の父親のために困窮する両親を抱え、深い孤独感に苛まれる。そしてフェルナンデスもまた長く生きる喜びを失ったままだった。そんな二人が誤配される弁当を通して交わされる文通によって、徐々に心を通わし、やがてその弁当こそが生きる喜びとなっていく。

・感想

インド映画と言えば、歌あり踊りありのコテコテでハチャメチャなエンターテインメント映画が主流であるが、本作『めぐり逢わせのお弁当』は、イメージとしてのインド映画としては全く正反対のものになっている。歌もなければ踊りもない。若い美男美女は登場しないし、分かりやすい結末も用意されていない。登場人物の胸の内を説明されることはなく、物語はあくまで淡々と進んでいく。

映画と言うものが、その土地や人々の感情の鏡のようなものであるとするなら、多くのインド映画とは目の前の現実を忘れるための時間を提供してくれるものとして作用してきた。男たちは強く、女性は華やかに着飾って美しく、そして最後には誰もが夢見る結末に着地する。それはカースト制度という、生まれたときから固定されてしまう階位的社会構造のなかで生まれて死んでいく人々にとっての叶えられぬ夢であった。以前このブログでも紹介した『きっと、うまくいく』では現代インドの暗黒面を扱っていた点が旧来のインド映画とは一線を画すも、映画の構造としては従来のインド映画を踏襲していた。しかし本作においてインド映画らしさが窺えるのは、いくつか用意されている分かりやすいジョークくらいで、他はヨーロッパのインディー映画とほとんど変わりない。

急速な経済発展を続けるインドの中心地ムンバイにあって、過去と現在を猛烈なスピードで隔てていく「時の流れ」が本作の重要な主題となっている。妻に先立たれ日々を無為に過ごす男と、閉じた家庭のなかで孤独に蝕まれていく女。お互いが人生の最も華やかだった時が過ぎ去ってしまったことを自覚している一方で、彼らが暮らす街ムンバイはより華やかな未来に向けて発展を続けている。その街の変化に取り残された二人が出会うことで、お互いが、知らず知らずのうち、自らに残された時間を前向きに夢見るようになる。

タイトルにあるようにこの映画のカギとなるのは“弁当”である。各家庭で作られた弁当が職場に届けられるというインドのカースト制度によって成り立っているシステムを通して、移り変わるムンバイの姿を描いている。急速に進化していくムンバイにあっても昔から変わらないシステム。それを通して育まれる二人の感情。『東京物語』が50年代の東京でしか描けなかったことと同様に、この『めぐり逢わせのお弁当』も現在のムンバイでしか描けない物語だと思う。

一本の今のインドを写した映画として是非見てもらいたい秀作です。

追記(7月11日):本作は「めぐり逢わせのお弁当」という邦題で、2014年夏に日本公開が決定しました。

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