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映画レビュー|『ブリッジ・オブ・スパイ』S・スピルバーグ監督作

スティーブン・スピルバーグ監督、トム・ハンクス主演、コーエン兄弟が脚本を務める『ブリッジ・オブ・スパイ』のレビューです。冷戦下のアメリカとソ連の間で実際に行われた人質交換をスリリングに描く実話ドラマ。

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『ブリッジ・オブ・スパイ/Bridge of Spies』

全米公開2015年10月16日/日本公開2016年1月8日/ドラマ/141分

監督:スティーブン・スピルバーグ

脚本:マット・チャーマン、イーサン・コーエン、ジョエル・コーエン

出演:トム・ハンクス、マーク・ライランス、スコット・シェパード、エイミー・ライアンほか

あらすじ

保険の分野で着実にキャリアを積み重ねてきた弁護士ジェームズ・ドノバンは、ソ連のスパイとしてFBIに逮捕されたルドルフ・アベルの弁護を依頼される。敵国の人間を弁護することに周囲から非難を浴びせられても、弁護士としての職務を果たそうとするドノバンと、祖国への忠義を貫くアベル。2人の間には、次第に互いに対する理解や尊敬の念が芽生えていく。死刑が確実と思われたアベルは、ドノバンの弁護で懲役30年となり、裁判は終わるが、それから5年後、ソ連を偵察飛行中だったアメリカ人パイロットのフランシス・ゲイリー・パワーズが、ソ連に捕らえられる事態が発生。両国はアベルとパワーズの交換を画策し、ドノバンはその交渉役という大役を任じられる。

引用:eiga.com/movie/82155/

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レビュー 孤立する正しい個人だから救えるもの

前作『リンカーン』でスピルバーグは、国家と個人の理想の隔たりの深さを改めて直視したうえで、それを埋め得るのは唯一、揺るぎない個人の信念であるということを、リンカーンの苦悩を通して描ききった。どれだけ立派な理想を掲げようとも、国家運営の基礎となる政治の現場では必ずしも歓迎されわけではない。それどころか理想が現実と激しく敵対する場合さえある。

本作『ブリッジ・オブ・スパイ』はスティーブン・スピルバーグの作品群にあっては『カラー・パープル』から始まる「アカデミー賞に好まれる」ドラマ映画のひとつと言える。誤った大衆と、正しい個人。自らの信念においては、如何なる対立も辞さないアメリカ的個人主義の理想ともいうべき「孤立する正しい個人」を、スピルバーグは冷戦期に起きたソ連とアメリカとの人質問題を通して描いた。

本作はひとりの一見すると冴えない老人に日常からはじまる。やがてその冴えない男はソ連のスパイであることが判明し、FBIに逮捕される。そこから描かれるのは冷戦下を舞台にした東西の対立と失われる理想であり、国家の思惑に翻弄されるのが冴えない老スパイとなれば、ジョン・ル・カレのリアリズムスパイ小説『寒い国から帰ってきたスパイ』がまず思い出される。

1957年という冷戦期の真っ只中、アメリカとソ連が所有する核爆弾が世界の危機と直結していた時代、アメリカとソ連の日常とは最前線のそれとほとんど同じだった。いつ核爆弾が頭の上から降ってきてもおかしくない。政府がそう喧伝し、国民も好んでその好戦的な状況に飲まれていった時代。そんな時にアメリカに潜伏していたソ連のスパイ。この存在は直ちにアメリカ全土からの憎悪の対象となった。

トム・ハンクス演じる弁護士のドノヴァンは保険を専門とする弁護士だったが、不意にも、FBIに逮捕されたソ連のスパイ、ルドルフ・アベルの弁護を依頼されることになる。アメリカ全土が憎悪をルドルフだけでなく弁護士にドノヴァンにまで向けられる中、冷静に合衆国憲法のみを頼ったドノヴァンの協力の甲斐あり死刑は回避され、ルドルフは禁錮30年という判決を受けることになる。

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ドノヴァンがルドルフの弁護を引き受け、冷静に弁護士としての職務を全うしていく姿はまさに「孤立する正しい個人」そのものだ。ドノヴァンが信じる正しさとは、理想という判定の難しい観念ではなく、それはあくまで合衆国憲法に他ならない。アメリカの理想を文言化した憲法に忠実に行動した結果、ドノヴァンは国民の激しい憎悪の対象となる。アメリカの理想の具現に忠実であることで非国民と大衆に非難されるこの矛盾とは、スピルバーグが過去にも描いてきた重要なテーマと重なる。『シンドラーのリスト』や『ミュンヘン』が国家政治と個人との間に流れる正しさの 乖離を描いたのに対し、本作はより具体的にアメリカの理想の危機を描いている。その意味で本作は1997年の『アミスタッド』と前作『リンカーン』の系譜のなかにある。

様々なルーツを持った移民の寄せ集めである人々をアメリカ人とする根拠とは星条旗への誓いに他ならず、即ちアメリカの理想への同意に他ならない。アメリカの危機とは、必ずこのアメリカの理想への揺らぎが重なり合うことになる。アメリカの理想である憲法をアメリカ人が信じられなくなる不気味さが漂う本作の前半部は「戦場としてのアメリカ」の空気を完璧に表現している。

やがて物語はソ連領空を偵察中だったアメリカ人パイロットが捕まることで風向きが変わることになる。ルドルフとアメリカ人パイロッ、そして東ドイツで拘束されたアメリカ人学生との人質交換が画策され、その役目をドノヴァンに託されるのだった。そしてドノヴァンが信じたアメリカの理想が、アメリカ人青年を救う可能性を示すことになる。

物語は一貫して淡々と進んで行く。唯一、偵察機の爆撃シーンが派手なだけで残りのシーンでは映像上の盛り上がりはほとんどない。その代わりにトム・ハンクスの名演とコーエン兄弟による秀逸な脚本、そしてジョン・ウィリアムズからバトンタッチされたトマス・ニューマンのほとんど完璧なスコアだけが物語に抑揚をつけている。もちろんスピルバーグなら物語としてもっとドラマチックに描くこともできただろうが今回はあえて出来事を大げさに描くのではなく、出来事の周辺で動き回った人々の関係性に重点を置くことで物語のテーマに集中できるようにしている。

何が起きたのかではなく、誰が何をしたのか。全体主義的な傾向に陥った社会のなかで問われる個人の信念と行動を、スピルバーグは重点的に描こうとしていた。そのためスリリングな場面は後半の人質交換のプロットに限られ、特に前半は退屈とさえ思えるほどに普通の弁護士ドノヴァンの姿が描かれる。

本作のラストが物語の単調さに反比例し深い感動を引き起こすのは、孤立を恐れなかったひとりの弁護士の信念が人を救っただけでなく、国家の危機さえも支えたことが静かに示されるからだろう。しかもそれを成し得たのは普通の弁護士だった。特殊能力があるわけでも実績があるわけでもない。ドノヴァンにあったのはただ弁護士としての信念だけだ。それは言い換えればアメリカ人としてアメリカの理想に同意する信念だ。

この人質事件は今から50年前に起こっている。その事件をあえて今スピルバーグが映画化した意図について色々と推測することができるだろうが、一本のドラマ映画としても純粋に上質な作品に仕上がっていた。

『ブリッジ・オブ・スパイ』:

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ということでスティーブン・スピルバーグ監督最新作『ブリッジ・オブ・スパイ』のレビューでした。『シンドラーのリスト』や『ミュンヘン』との比較というよりは、やはり『リンカーン』との関係性が非常に強い作品だと思いました。スリリングなシーンでの物語が展開することはほとんどなく、その代わりに登場人物たちの関係性が非常に深く描かれています。だからこそラストの流れにすんなりと感動してしまいます。でも一部で言われるようにオスカー候補かと言われれば、どうなんでしょう。そこまで飛び抜けた印象もなく、あくまでスピルバーグ印の名作という感じです。憎悪や反感が煽られる現代だからこそドノヴァンのような生き方は重要なんでしょうね。これはオススメです。以上。

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ブリッジ・オブ・スパイ
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