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ウィル・スミス主演『コンカッション』レビュー/NFLが抱える闇

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ウィル・スミス主演の『コンカッション/Concussion』のレビューです。アメフトと慢性外傷性脳症の因果関係を立証したナイジェリア人医師の戦いを描いた実話医療ドラマ。アメフトの危険性が立証されたことで明らかになるアメリカ全体の病理を的確に描いた作品。アメフトファンにとっては辛い映画だが、必見でもある。

『コンカッション/Concussion』

全米公開2015年12月25日/日本公開2016年10月29日/ドラマ/122分

監督:ピーター・ランデスマン

脚本:ピーター・ランデスマン

出演:ウィル・スミス、アレック・ボールドウィン、ググ・バサ=ロー、アーリス・ハワードほか


レビュー

2009年の夏、滋賀県の中学生が柔道部での練習中に意識不明となり急性硬幕下血腫で死亡した。柔道初心者で受け身も覚えたてだった彼は練習中に繰り返し技をかけられた結果、脳は致死的な衝撃を蓄積していた。直接頭をぶつけなくても強い遠心力がかかることで脳に負担がかかり、その状態が繰り返されることで重篤な危険を招くことになる。この事件は単に柔道が危険な競技であるということを示すだけでなく、もうひとつの問題点を浮上させた。それは現場の指導者たちに脳震盪に関する十分な認識に欠けていたということだ。例え一時的に意識を失ったとしても放っておけば元に戻る。こういった誤った考えが柔道界に浸透していたことがのちの調査で判明している。もし仮に柔道界が脳震盪と競技の関係性に意識的であったのならまだ中学生だった彼は死ななくてもよかったのかもしれない。

本作『コンカッション/Consussion』はアメリカで最も人気のあるスポーツのアメリカン・フットボールを題材とし、主演は『メン・イン・ブラック』のウィル・スミス。これだけ見ればコメディタッチのスポーツ映画を連想しそうだが、実際は一貫してシリアスな内容だった。タイトルの『コンカッション/Consussion』とは脳震盪を意味し、アメフトが抱える危険性を暴き、アメフトとアメリカ社会の異常な関係と戦った一人の医師の姿を描いた実話医療ドラマだ。

アメフトは他の人気スポーツと比較しても、特に引退した選手たちがよく「問題」を起こすことは以前から指摘されていた。問題とは、薬物に犯罪、家庭内暴力、そして自殺など多岐にわたる。多くの場合、その理由はこう説明されてきた。現役中の華やかな生活から一転して普通の人に戻ることで、その落差に耐えかねて薬物に走ったり、暴力的な傾向が強くなるのだろう、と。確かに他のメジャースポーツと比較してもアメフトの人気は桁が違う。しかしそれは本当なのだろうか?

本作ではそういった言説が全く科学的でないことが描かれている。柔道界の誤った認識と同様にアメフトでも脳震盪に関する十分な対策がとられていなかったことが諸問題の原因だとしているのだ。また同時に競技としての危険性をなかなか認めようとしない背景にある、アメフトに対するアメリカの狂信的な姿も描き出している。

Concussion trailer will smith movie 2015

ウィル・スミス演じるナイジェリア人医師のオマルは、ピッツバーグで検視官として働いている。殺人被害者や原因のわからない死者にメスを入れ死因を探し出すことが彼の仕事だ。そんな彼のもとに、元アメフトのスター選手マイク・ウェブスターの変死体が運び込まれる。突然死で処理されようとしていたが、オマルは脳の検査を要請し、ある異常を発見する。年齢を考慮してもありえないような損傷の跡が見られたのだ。

ナイジェリア出身でアメフトを全く知らなかったオマルが独自に調査した結果、アメフトは競技として脳に致命的な損傷を与える慢性外傷性脳症の危険性を備えていることを、科学的に立証してみせる。その研究結果は科学誌にも発表されるが、そのせいでオマル医師は周りから「お前はアメフトを潰す気か」と脅しを受けるようになる。

本作は一見するとアメフトの危険性を訴えるだけの映画にも見える。実際に物語でオマル医師が戦う相手とはNFLであり、彼が求めたこととはNFLが率先して脳震盪の問題に取り組むことだった。しかし実際にはNFLはオマル医師の警告を無視し、アメフトの安全性を強調する。その理由とはもしアメフトの危険性が周知された場合、人気スポーツとしての地位を脅かしかねないという恐怖感だった。

物語が進むにつれてアメフトと脳震盪の関係から徐々に問題点が移行していく。「危険なアメフト」から「アメフトを危険なままにしている社会」へと敵の姿がスイッチしていく。アメフトをまるで宗教のように信仰し、それに反対するものたちを全体で排除しようとするアメリカの空気の異常さが強調されるようになり、問題の本質とはアメフトが危険な競技であることではなく、アメフトが危険な競技であるということを認められないアメリカ社会にこそ存在することがオマル医師の苦闘からあぶりだされる。

ウィル・スミス演じる主人公オマル医師はナイジェリア人であることからも、アメリカにおけるアメフト信仰を知らないため、その危険性を立証して見せた自分は讃えられることこそあれ脅されたり非難される理由が分からない。実際にオマル医師はこの告発によって職場を去り、引越しを余儀なくされるまでの嫌がらせを受けた。

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劇中で特に印象的だったのが、アメフトの危険性を直訴したオマル医師に対し関係者がスタジアムを指差し「あそこは町に血液を送り込む心臓なんだ」と訴えるシーンだ。同じセリフを例えばオリバー・ストーン監督作の『エニー・ギブン・サンデー』で聞いたのなら血湧き踊る瞬間となったかもしれない。しかし本作ではそのセリフはアメリカの狂信的な社会性を的確に言い表している。アメフトがあるからこの町に活気があるという考えの逆さには、アメフトが終わればこの町は死に絶えるという意味も含まれている。

ならばこの町のために選手たちが脳震盪で苦しもうが見て見ぬ振りするしかない。こういった考えがNFL執行部だけでなく、アメリカ全土を覆っているのだ。

毎年2月上旬に行われるスーパーボウルは文字通りアメリカ最大のイベントである。年間最高視聴率を毎年のように記録し、たった数十秒のCMに企業は惜しみなく大金を支払う。試合同様に話題となるハーフタイムショーも、もともとの由来はハーフタイムにあまりに多くのアメリカ人がトイレに駆け込むため水道管が破裂することを恐れたために編み出されたアイデアであることなどアメリカ人のアメフトへの関心は他に例えが見つからないほどだ。

そういった熱狂の裏で選手たちは脳震盪を理由に認知症を煩い、酷い場合だと自殺まで至ることになる。興味があれば「NFL 自殺」と検索するといい。驚くほど多くの選手たちが犠牲になっていることがわかる。

現在、NFLはこの脳震盪の危険性除去に向けて積極的なアプローチを行っていると喧伝するに忙しい。そして慢性外傷性脳症と判断された場合には多額の補償金を支払うようにもなった。しかし慢性外傷性脳症とは厳密には死後の検視でしか判明しない。つまり死なない限り保障されなのだ。そしてNFL全選手の実に3割弱は、競技を通して認知系の障害を背負う危険性を秘めているという。ひとりの非アメリカ人医師が明らかにしたアメフトの危険性とはアメリカの病理そのものだとも言える。

本作は人々を勇気付けるという種類の映画ではもちろんなく、自分たちが当たり前だと信じて疑わない世界の根本的な不確かさを見事に描いた意欲的な作品だった。

しかしヒットメイカーのウィル・スミスが主演しながらも本作は興行的には失敗している。アメリカで全く支持されなかったのだ。それは映画の出来云々の前に、映画の中で描かれる「アメフトへの批判とは社会そのものへの反発と同義」とするアメリカ社会の空気が影響しているとしか思えない。

そういった意味でも映画の内容を超えて気が滅入る作品なのだが、アメフトに関心のある方や関係者、そして脳震盪の危険性が指摘されるスポーツに関わっている方には是非見てもらいたい作品でもある。そして重要なこととして、ひとつの物語としても良質の映画だった。

『コンカッション』:

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ということでウィル・スミス主演『コンカッション(原題)』のレビューでした。映画としても面白かったですが、やはりそれ以上に気が滅入りました。僕だってアメフト好きですから。2002年のマイク・ウェブスターの死を契機にオマル医師は2005年には学術誌でアメフトと脳震盪の因果関係を訴えていたのですが、NFLが公的にその因果関係を認めたのは2009年です。つまり7年間もの間、この問題を放置され続けていました。この間にも多くの引退選手が命を落としていたのにも関わらず、僕らはスーパーボウルに熱狂していたのです。映画の内容の話はほとんどできなかったですが、もともとはリドリー・スコットが企画した映画だけあって真面目に良い映画です。

Will smith concussion

Summary
Review Date
Reviewed Item
コンカッション
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