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映画『われらが背きし者』レビュー

スパイ小説の巨匠ジョン・ル・カレ原作サスペンス『われらが背きし者』のレビューです。ユアン・マクレガー演じる大学教授が休暇先でロシアンマフィアの男と出会うことからはじまるスリリングな亡命劇。共演はステラン・スカルスガルド、ダミアン・ルイス。

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『われらが背きし者』

全米公開2016年7月1日/日本公開2016年10月21日/サスペンス/107分

監督:スザンナ・ホワイト

脚本:ホセイン・アミニ

出演:ユアン・マクレガー、ステラン・スカルスガルド、ダミアン・ルイス、ナオミ・ハリス

レビュー

『われらが背きし者』の原作者は元MI6(イギリス秘密情報部)という経歴を活かして数々のスパイ小説を執筆する巨匠ジョン・ル・カレで、『ナイロビの蜂』『裏切りのサーカス』など映像化との相性もいい。本作もユアン・マクレガー、ステラン・スカルスガルド、ナオミ・ハリス、そして次期007の候補にも挙げられるダミアン・ルイスが出演する話題作。

ユアン・マクレガー演じる大学教授ペリーとその妻ゲイルはモロッコのマラケシュで休暇を過ごしていた。しかし過去のペリーの過ちのせいで、二人の関係はギクシャクしている。そんな時、ペリーは無粋な大柄のロシア人ディマと知り合う。金持ちのディマはペリー夫婦をテニスやパーティに招待し仲を深めたところで、夫婦にひとつのUSBメモリを手渡す。そして自分がロシアンマフィアであることを明かし、これをMI6に渡してほしいと依頼する。中にはロシアンマフィアによるマネーロンダリングに関する証拠と、それに関連するイギリスの政治家の情報が記されているという。そして更なる情報と引き換えに自分と家族を保護してほしいという。

こうして一介の大学教授と弁護士の妻は突如国際的な金融スキャンダルに巻き込まれることになる。

ロシアンマフィアのディマ、そしてイギリスで腐敗政治家を調査していた捜査官のヘクター、それぞれの思惑はぶつかり合い、事態は国境を越えて複雑な迷路のなかに入り込んでいく。

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(C)STUDIOCANAL S.A. 2015

本作ではクレジット上はユアン・マクレガーが「主演」ということになっているのだが、実際にはユアン・マクレガー演じる大学教授ペリー以外に、その妻のゲイル、ロシアンマフィアで物語の発端となるステラン・スカルスガルド演じるディマ、そしてダミアン・ルイス演じる英国政府の捜査官ヘクターの4人が物語の主要なプレイヤーとなり、帰路に立たされるたびに、その4人のうちの誰かがサイコロを振ることになる。

そのせいで前半は登場人物たちが忙しく入り乱れシーンも頻繁に展開されることから、なかなか整理されずに混乱した状況のまま進んで行く。そもそも強引に知り合ったロシア人からマフィアが絡んだ国際規模のスキャンダル情報を手渡され、すんなり受け取るペリーもどうかしているし、そんな大切な情報を休暇先で出会ったイギリス人に簡単に手渡すディマもどうかしている。とにかく物語の展開に説得力がなく、いきあたりばったりの印象が強く残るのだが、その違和感こそが本作の重要な鍵となっている。

物語に説得力を感じない手応えのなさとは、物語のプレイヤーのうち一体誰が事態の全容を把握しているのか判然としないために起きている。もちろん大学教授のペリーは巻き込まれる事件の全貌など微塵も知らないし、その妻ゲイルも同じのはず。そして捜査官のヘクターもまたそれを知りたいがために事件にのめり込んでいるのであって、唯一、プレイヤーのなかで全貌を知る男ディマにとっても、その情報はあくまで家族の安全の対価であり、そう簡単に口を割るつもりはない。

つまり本作を観ている観客が感じる現実感のなさや手応えのなさとは、事件に巻き込まれた大学教授や、捜査官の心理状況に近い。そしてオープニングには十分な尺を使ってロシアンマフィアの非道さも描いているので、ディマの頑なさも理解できてしまう。そんな「何も知らない」彼らの決断によって物語が展開されることに徐々に事件の全体がおぼろげながら浮かび上がっていく。本作の構成はまさに「スパイ小説」的なもので、観客の物語への理解の作法とは読書体験のそれを圧縮したようなものになっていた。

「ジョン・ル・カレ原作スパイ小説体験」を映画に置き換えたものこそが本作『われらが背きし者』と言える。だからこそスパイ小説的であっても、主要プレイヤーにはスパイは登場せず、主人公は一般人になっている。そういった設定は原作小説では「一般人がスパイ小説の世界に巻き込まれたら?」という疑問を推進力とするが、それが映画となったら「スパイ小説の読書体験を映画で表現したら?」と置き換えられることになる。

こういったサスペンス上の実験は観ていてやはり面白い。

物語のテーマには金融政策に深く依存するイギリス経済の危険性も含まれているが、それ以上に「誰もがスパイになりたがっている」という一般人の深層があぶり出されていく過程こそが醍醐味と言えるだろう。そしてそれはスパイ小説に夢中になる読者の心理と深くリンクしている。

マラケシュ、ロンドン、パリ、アルプスと国境を越えた亡命劇を描くもスケールの小ささは否めず、ツッコミどころも多々有る。原作ではジョン・ル・カレの筆力で押し通せるような違和感も、映像になるとくっきりと目立ってしまう。それでも主要プレイヤーたちの揺れ動く関係性はサスペンスとしてうまく描けており、小品ながらも張り詰めた緊張感で一時間半を突っ走ってくれる。

この手のサスペンス映画をスクリーンで観る機会は近年減少傾向にあるが、そういった希少性も相まって満足度は高い一作だった。

『われらが背きし者』:

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われらが背きし者
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