リース・ウィザースプーン主演、ジャン=マルク・ヴァレ監督作『わたしに会うまでの1600キロ』のレビューです。過去のトラウマや罪悪感から解き放たれるため、アメリカ西海岸を南北に突き抜ける長大なトレイルをたった一人で歩くことを決意した女性。大自然の中で過去の自分と向き合い歩くことでの救済を描く秀作。日本公開は2015年8月28日。
『わたしと会うまでの1600キロ/WILD』
全米公開2015年12月3日/日本公開2015年8月28日/アメリカ映画/116分
監督:ジャン=マルク・ヴァレ
脚本:ニック・ホーンビィ
原作:シェリル・ストレイド 著『Wild: From Lost to Found on the Pacific Crest Trail』
出演:リース・ウィザースプーン、ローラ・ダーン、マイケル・ユイスマン他
あらすじ
自分の体くらいありそうな大きなバックパックを抱え、シェリル(リース・ウィザースプーン)は山道を歩いていた。アメリカの西海岸を南北に縦走するパシフィック・クレスト・トレイル(PCT)を一人で走破することを決意したシェリルは過去に多くの過ちを犯していた。ドラッグ、セックス、そして家族。
過去の罪悪感から自暴自棄となって自分で自分を傷つけ続けたシェリルは、人生をやり直すため、そして心の傷を癒すため、すべての荷物を自分の肩で背負い、1600キロの道のりを歩き出す。
レビュー
歩くこと、自分との対話、そして救済:
「歩くこと」に最も意識的だった作家といえばイギリスのブルース・チャトウィンだろう。彼は南米のパタゴニアやオーストラリアを文字通り歩き尽くし、その経験からいくつもの本質的な言葉を残している。
「歩くことは美徳であるが、旅行とは致死的な罪である ー ブルース・チャトウィン『What Am I Doing Here?』」
「私が信仰するのは、歩くことの神だけである ー ブルース・チャトウィン『In Patagonia』」
本作『わたしに会うまでの1600キロ』は一人の女性が「歩くこと」を通して自らを救済し、赦す、物語となっている。観客の感情に直接訴えかけるような情感あふれる演出は一切なく、ただ淡々と彼女自身の過去の罪と過ちを描いている。それでも本作が感動的に仕上がっているのは、そこに描かれる救済の過程が、実感の伴わない神や宗教や金八風の名言で為されるのではなく、彼女自身が歩くこと出会った痛みや困難や恐怖に打ち勝つことで表現されているからだろう。歩くことは多くの人にとって身近な行為であるからこそ、その救済の過程にも説得力が生まれる。
主人公シェリルは自らを傷つけた過去から抜け出そうとするひとりの女性。自分を無条件で愛してくれた存在を失ったことで彼女はその代替として、薬物に溺れ、自分を安売りする。結果、一時の平穏すら手に入れられないままにひたすらに堕ちていく生活へと足を踏み入れてしまう。そんな彼女がなぜこれまで経験したことのない1600キロものトレッキングに挑んだのか、その理由はほとんど描かれない。描いてはいるが、ただの偶然としてしか描かれない。しかしそれが物語の妨げになっているかといえば、全くそんなことはない。歩き出すきっかけとは、本来はそんな風に他愛のないものなのだろうと思えるほどに、彼女が堕ちていたことが描かれている。
ひとりの女性の救済の物語ということで、本作は「宗教的」な映画であることは間違いないが、正しくは宗教が「歩くこと」に似ているというだけで、人類の歴史を紐解けば「神」よりも「歩くこと」の方がずっと早くに、そしてより多くの人々を救済しているはずだ。ギリシアの医学の父、ヒポクラテスは2500年ほど前に「歩くことは最良の薬」と言っている。そしてその効用は現代でも有益で、聞けば北欧などではうつ病患者に一日中森の中を歩かせることがひとつの治療法ともなっているという。たった一人で必要なものをすべてその肩に背負い歩く。誰もいない荒野のなか、ただ自らに語りかける。誰かを肯定するでもなく、否定するでもなく、ただ自分の過去と向き合う。ただそれだけだ。それは彼女の歩みと同じように、遅々として進まない救済であるが、同時に彼女が歩き続ける限り、その一歩は確実に前へと進んでいる。
本作の監督ジャン=マルク・ヴァレが前作『ダラスバイヤーズ・クラブ』でも見せたように、ある人間の本質が変わろうとする過程を、その輪郭からゆっくりと描き出していく手法は、主演のリース・ウィザースプーンの熱演とも相まって、決して説教くさくならずに、それでいて実感と温かみの両方を描くことに成功している。そして『17歳の肖像』以来となる映画脚本を担当したニック・ホーンビィは、ともすれば安易な感動物語になりそうな設定も、イギリス人特有のバランス感覚でうまく回避していた。
ただし最後の最後に登場する自分語りによる近況報告は聞きたくなかった。少なくともそれまでに彼女自身が変わろうとする姿が描かれていたのだから、その後彼女がどう救済されて自分を赦せたのか、という部分は別にどうでもよかった。
「歩くこと」の効用はしっかりと描かれていたのだから。
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ということで『わたしと会うまでの1600キロ』のレビューでした。主演のリース・ウィザースプーン同様にアカデミー賞にノミネートされたローラ・ダーンの演技も素晴らしかったです。彼女は母親や先生を演じると、大抵はロクな目にあわない役が多いのですが、本作でもその幸薄さは彼女の魅力として生かされています。リース・ウィザースプーンも気合ばっちりでした。自然や歩くことを描いた作品では『イントゥ・ザ・ワイルド』や巡礼路のドタバタを描いた『サン・ジャックへの道』などもありますが、それらと比べても余計なものがそぎ落とされており、「歩くこと」の本質をうまく描いています。こちらもオススメです。
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