『パラノーマン ブライス・ホローの謎』のライカが贈る最新ストップモーションアニメ『Kubo and the Two Strings』のレビューです。中世の日本を舞台に、三味線を操る少年クボがサルとクワガタをお供に家族や出生の秘密を探る冒険に出る。最新の3D技術と地道なストップモーション撮影によって描かれる陰と陽の映像美はまさに圧巻。
『Kubo and the Two Strings(原題)』
全米公開2016年8月19日/日本公開未定/アニメ/102分
監督:トラヴィス・ナイト
脚本:マーク・ヘイムズ、クリス・バトラー
声優:アート・パーキンソン、シャーリーズ・セロン、マシュー・マコノヒー、ラルフ・フィンズ、ルーニー・マーラ、ジョージ・タケイ
レビュー
物語は舞台は17世紀の日本。寒村の外れで病気がちな母親と暮らす少年クボは、母から受け継いだ魔法の三味線と折り紙を使い、偉大な侍だった父ハンゾーの英雄譚を村人たちに語りきかせている。
病気がちで家に閉じこもったままの母は時々夢うつつになるも、口癖のように「月夜に外を歩いてはダメ」ときつく言い渡されていた。
しかし、死者の魂がよみがえるお盆の祭りに参加したクボは、その言いつけを忘れてしまう。
その時、闇夜から母の妹と名乗る不思議な女が現れる。それは赤ん坊だったクボから右目を奪った邪悪な「月の王」の娘だった。強力な力で村が破壊され、クボにも危機が迫った時、クボを守るため三味線を持った母が現れた。そして全身全霊の魔法によってクボを遠くに送り飛ばしたのち、妹との戦いに散ってしまう。
雪が降る大地で目が覚めたクボの前には言葉をしゃべる一匹の猿が待っていた。彼女は死に際の母が最後の魔力によって猿の置物に魂を吹き込んだものだった。「月の王」の魔の手が迫る中、その脅威からクボを守れるのは、かつて父ハンゾーが愛用していた魔法の鎧だけだった。
なぜ祖父でもあるはずの「月の王」が自分の命を狙うのか。そして会ったことのない父親ハンゾーと謎多き母親の秘密とは。
こうして猿の先導によって出発したクボは、途中でハンゾーの弟子だったというカブトムシ侍も仲間に加え、魔法の武具と、自分の運命を知るために冒険の旅に出る。
アメリカ製「日本昔ばなし」の完成!
ストップモーションアニメの手法で長編アニメ映画を製作するライカは長編第一作目の『コララインとボタンの魔女 3D』で注目されると、二作目の『パラノーマン ブライス・ホローの謎』、そして三作目の『ボックストロールズ(日本未公開)』と続けてアカデミー賞アニメ長編部門にノミネートされている。ディズニー、ピクサー、ドリームワークスが独占するハリウッドのアニメ市場に独自の路線から割って入ろうとする新興会社だ。
しかもその独自さというのが、最先端の3D技術と、コマ撮りによるストップモーションアニメというアナログ手法を掛け合わせたもので、レイ・ハリーハウゼンらに代表される特撮ファンタジーファンはこれだけでも応援したくなるのに、そんな予断も不必要なほどに毎作質の高い作品を提供してくれている。(2014年の傑作アニメ『ボックストロールズ(日本未公開)』が未だに日本で劇場公開どころかソフト化もされていないことは本当に嘆かわしいです)
そしてスタジオ四作品目にして過去最大の制作費で作られた最新作『Kubo and the Two Strings』では、シャーリーズ・セロン、マシュー・マコノヒー、レイフ・ファインズ、ルーニー・マーラ、ジョージ・タケイという実力派俳優を声優に迎え、舞台は17世紀の日本となった。原題を直訳すると「クボと2本の弦」となる本作には、そのタイトルだけは推し量れないほどに日本らしさが細かく描きこまれている。三味線、折り紙、侍、着物、などなど、おとぎ話の世界となる「かつて不思議が息づいていた日本」が最先端の技術と気の遠くなるような手間暇によって再現されている。なお「二本の弦」というタイトルからは中国の「二胡」を連想させるが、本編を見ればその本当の意味がわかるだろう。
物語は「桃太郎」に代表される日本のおとぎ話をベースにしており、その構造は驚くほどにシンプルだ。「類型的」とも言えるのだが、神話や貴種流離譚の類はほとんどが基本的な原型を共有するもので、「桃太郎」と「ヘラクレス」も同じ類型に位置する。
本作の主人公クボには特別な血が流れている。 彼は覚えていないがその誕生には一悶着があった。幼い頃に追っ手から逃げるために身分を隠し漂流している。人外なる存在に敬意を示される。そして自分の過去と運命を知るために旅へに出る。
物語の外形はまさに「桃太郎」にそっくりだ。加えてヤマトタケル的な「三種の神器」や奇々怪々な化け物たちも登場し、最終的には自らの出生に関する真実のために戦う。
陰と陽と、ストップモーション
ストーリー展開の巧みさや登場人物の相関関係の複雑さなど、本作の魅力は多岐にわたるが、やはりその圧倒的なヴィジュアルの説得力こそが、ディズニーでもピクサーでもそしてジブリでもない、ライカ作品としての矜持の現れとなっている。
前作『ボックストロールズ(原題)』でもそうだったが、オープニングから実際にストーリーが動き出すまでの世界観の説明パートの描写力は凄まじい。セリフも最小限のたった数分の描写だけで、物語世界の陰と陽をはっきりと描いている。
ことさら「善悪」という二元論で物語を回収しがちな欧米の世界観に対して、本作には東洋的とも言える陰と陽の溶け合いがストーリーだけでなく、そのヴィジュアルからも伝わってくる。例えばマシュー・マコノヒーが声を担当したカブトムシ侍(クワガタ?)は、言動はコミカルでも、その昆虫としての「ぬめり」のある動きはグロテスクですらある。
東洋思想において陰と陽とは世界を構成する原初の性質であるが、「陰が悪」で「陽が善」という単純な二元論ではなく、この世界が成立するためにはお互いが必要な存在であり、両者はあくまで世界を意味付ける要素にすぎない。陽が陽であるためには陰が必要であり、その逆も然り。対立からの征服によって達せられる統一ではなく、両者が合わさることでの一体を目指す考え方は、ヒッピー的ですらある。もちろん本作にはLSDもフリーセックスも登場しないが、アメリカのアニメ制作会社が、この現代に、太古の日本を舞台にして東洋的テーマと向き合ったということは、特筆に値する。
不思議の日本が舞台の侍ファンタジーとなればキアヌ・リーブス主演の『47RONIN』が記憶に新しいが、本作は日本的怪奇さを西洋的物語世界に移植しただけの作品とは違って、物語世界からテーマまで一貫して東洋的だった。
あいにく本作は興行的には成功しなかった。「陰と陽」というテーマを扱う以上、子供向け作品としては割愛したくなるような「陰=ダーク」な描写もしっかりと描きこむ必要があり、アニメとしてのルックスはかなりグロテスクにならざるを得ない。ディズニーやピクサー作品が大人にも支持される一方で、ルックスは子供に向いているというマーケティング手法に真っ向から反することになる。そのせいで子供をメインターゲットとするアニメーション映画としては明らかに異質な作品となった。
前作『Boxtrolls』でもほとんどグロとも言えるような描写が登場していたことからも、この姿勢は本作に限ったことではなくライカ作品に通底している哲学なのだろう。
ストップモーションアニメとは、人形を少しずつ動かすことで、本来は勝手に動くことのない人形に映像的な魂を吹き込むことだ。本来は生気のない「陰」に、活気をもたらす「陽」を吹き込むことで成立するストップモーションアニメとは、その過程そのものが「陰陽」の法則に基づいている。例えば劇中に登場する猿も、カブトムシも、三味線によって踊り出す折り紙たちも、本来はただの「モノ」であるはずだが物語世界に息づく法則によって命が与えられている。無機と有機という隔たりが現実よりも不確かであるが故に、善と悪も、陰と陽もとけ合っていくという本作の世界観は、かつては人形劇やマリオネット、ジム・ベンソンらのマペットが得意とした対象だ。
そして現代ではストップモーションアニメ(ライカ)が担っている。
禅とストップモーション製作技術
前述のように本作のテーマには、「善と悪」という二元論で世界をぶった切ろうとする昨今の社会風土への反発が込められていることはラストシーンにも明らかだろう。本作の公開とは前後するが、アメリカでは大統領選挙に象徴されるように「善と悪」の対立が先鋭化し、人類はまるで誰かの敵か味方、もしくは完全なる善と完全なる悪に二分されるというような無茶苦茶な風潮が漂っている。
こういった社会運営の限界に、西洋的思考の破綻を見出すことは今に始まったことではないが、ただ黙々と人形を動かしてはその単調な繰り返しの結果として多様な物語を開花させるというライカの製作スタッフが行き着く思想が「禅」的であることは何も不思議なことではないし、その結果作品の舞台として日本が選ばれることも当然だったのかもしれない。
『ズートピア』も『ファインディング・ドリー』もアニメ映画として社会的現実を描き切った傑作なのは間違いないが、ライカが描くストップモーションアニメの世界は、その社会性の内部にある思想的な部分と深く共鳴している。
「正しさ」というものを武器に振り回しながら、本当はそんな「正しさ」には興味がなくただ凶器を振り回して誰かを傷つけたいだけの連中が幅をきかせる現実社会を遠景にして、気の遠くなるような作業の果てに生み出された作品は、善にも悪にも偏らないストレートな陰陽の物語だった。
これって結構な達成だと思います。
『Kubo and the Two Strings』:
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