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映画『ロング・トレイル!』レビュー

日本でも人気の高い旅行作家ビル・ブライソンのトレッキング回想記を、ロバート・レッドフォード主演で映画化した『ロング・トレイル!』のレビューです。全米三大トレイルのひとつであるアパラチアン・トレイルを走破することを決めた二人の老人の珍道中を描くコメディ。共演はニック・ノルティ。

AWITW Poster

『ロング・トレイル!/A Walk in the Woods』

全米公開2015年9月2日/日本公開2016年7月30日/コメディ/102分

監督:ケン・クワピス

脚本:リック・カーブ、ビル・ホルダーマン

出演:ロバート・レッドフォード、ニック・ノルティ、エマ・トンプソン、ネイサン・ラーソンほか

レビュー

アメリカには世界中のトレッカーが憧れる3本の長大なトレイルがある。

ひとつはコンチネンタル・ディヴァイド・トレイル、通称CDT。その名の通り北米大陸をロッキー山脈に沿って真っ二つに縦断する全長約4200キロから5000キロで、途中は危険な箇所も多く気候も厳しい。それでもロッキー山脈のが蓄えた水が大西洋と太平洋に流れ別れる北米の分水嶺を歩くことはトレッカーにとっての憧れ。

もうひとつはパシフィック・クレスト・トレイル、通称PCT。アメリカ西海岸をカナダ国境からメキシコ国境まで貫き、全長は約4000キロに達する。リース・ウェザースプーン主演『わたしに会うまでの1600キロ』の舞台。

そして全米三大トレイルの横綱とも言えるのがアパラチアン・トレイル、通称AT。その名の通り、アメリカ東部を縦断するアパラチア山脈に沿って走る自然歩道で全長は約3500キロ。知名度、トレイルの歴史、そして人気度では他の二つを抜く、事実上のキング・オブ・トレイル。本作『ロング・トレイル!』の舞台でもある。

『ロング・トレイル!』は著名な旅行作家ビル・ブライソンの旅行記『ビル・ブライソンの究極のアウトドア体験―北米アパラチア自然歩道を行く』の映画化。原作はアパラチアン・トレイルを語る上では欠かせない旅行記で、日本で読めるトレイル紀行記としては今は亡き加藤則芳さんの『メインの森をめざして アパラチアン・トレイル3500キロを歩く』と並び名著と呼んでも差し支えないだろう。

主人公ビル(ロバート・レッドフォード)は老年に差し掛かり自分の人生に物足りなさを覚えてしまう。著名な作家として数々の賞を受け取り、家族にも恵まれたビルだが、長年住んだイギリスから生まれ故郷のアメリカに戻ったことを機にアパラチアン・トレイル走破に挑むことを決意。ひとりでは心細かたっため昔の友人を片っ端から誘うもうまくいかない。そして結局は昔の悪友で音信普通になっていたカッツ(ニック・ノルティ)と一緒に行くことになる。

こうして親父ふたりの珍道中がはじまる。

Walk in the woods

多くの旅行記がそうであるように、本作のストーリーも至ってシンプルだ。老いたロバート・レッドフォードと老いたニック・ノルティによる漫才旅と言ってしまえばそれまでだが、長大なトレイルの終着に向けて歩くだけの物語でもある。『わたしに会うまでの1600キロ』で描かれるような消えない過去の傷や精神的葛藤はほとんど登場せず、ひらすらおっさんふたりの珍道中が描かれる。

かつて友人だったが何十年もの間音信不通になっていたビルとカッツ。作家となりイギリスへ移住したビルとは反対に、故郷アイオワで女の尻を追いかけ続けた挙句にアル中になったカッツ。ふたりはどうみても水と油。しかもお互いのロング・トレイルに挑戦する理由がイマイチよく分からない。「年老いても冒険がしたい」とか「老いさらばえるにはまだ早い」とか、言ってしまえば老人賛歌でもあるのだが、それでも半年にも及ぶような長旅に挑戦するきっかけとしては、どれも弱い。はっきりと歩く理由があった『わたしに会うまでの1600キロ』と比べれば当然ドラマ性は弱くなってしまうのだが、「ロング・トレイル」という観点から見れば実は本作の方がリアルなのかもしれない。

ロングトレイルの魅力とは、はじめるのは簡単でも終えるのが難しいことに凝縮されている。全長3500キロ、一気に歩き通す「スルーハイク」では4ヶ月から半年もかかってしまう。多くのトレッカーが「スルーハイク」を目指しながらも途中で挫折してしまう。ビルとカッツも何度も途中で諦めそうになる。モーテルの女主人に後ろ髪引かれ、ちょっかい出した女の旦那に追いかけられ、そもそもこんな旅に何の意味があるのかとレンタカーを借りてズルをしそうにもなる。

最大の敵とは「単調さ」だ。毎日歩いて、キャンプして、コッヘルから直でオートミールを食べる。それを毎日クタクタになるまで続ければ、自分の人生とは一体どんな価値があるのだろうかと逆に悩んでしまいそうだ。何千万年という地球の歴史を日々感じながら歩けば歩くほどに自分の存在の小ささと向き合うことになる。それは一見すると「人生の豊かさ」とは真逆にも思える。自分の人生に価値を見出すために歩き出したのに、気がつくと自分という存在の小ささを実感することになる。

そんな迷いのなか、ふたりは絶体絶命のトラブルのなかで夜を過ごすことになる。そして見上げた夜空の美しさに言葉を失う。自分たちの生死を無視するようにして広がる夜空は人間ひとりの人生など米粒にもなり得ないほどの大きさだった。それに気がついたふたりは何かが吹っ切れたように前を向いて歩き出す。

このシーンで思い出されるのはリチャード・マシソン原作の映画『縮みゆく人間』(1957)のラストだ。放射能を浴びたことで徐々に体が縮みだした男は絶望のなかで見上げた夜空に救いを感じる。彼が感じた救いを言葉にすれば「人間の存在とはその意味よりも優先される」ということだろう。我々がどれだけ悩み苦しみ自分の人生の意味を疑おうとも、そこに存在するという価値に勝るものはない。悩みが人間だとすると、そこに存在する自分こそが宇宙なのだ。

自分という存在の小ささと、その代え難い価値に気がついたことで、彼らの歩く理由は新しいステージへと到達する。それは絶対に途中でやめないということだった。あやふやな理由で歩き始めた二人だが、歩きはじめた理由や動機ではなく、そこを歩いているという事実こそが二人にとって大切な存在になった瞬間だった。

一本の作品としてみた場合は、強引なシーンも目立つ。美しいアパラチアン・トレイルの風景とは相容れないようなセット丸出しシーンがあったり、クマとの遭遇シーンがヒドかったり、どうみてもニック・ノルティの体ではスルーハイクは無理だろうと思えたりと、細部は甘い。それでも変人トレッカーや、ギアオタクなどアウトドアあるあるには頷くことも多く、何よりロバート・レッドフォードとニック・ノルティのコンビが最高だった。特にアル中のカッツがバックパックに忍ばせていた「あるモノ」を巡るプロットは泣かせる。

きっと主演二人の年齢から老人向け映画として扱われるのだろうが、実は正統派トレッキング映画だった。この映画が気に入った方は是非とも原作や加藤則芳さんの『メインの森をめざして アパラチアン・トレイル3500キロを歩く』を読んでもらいたい。「いつか」歩いてみたいと思うこと間違いなしです。

『ロング・トレイル!』:

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ロング・トレイル!
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