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侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督作『恋恋風塵』レビュー

侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の『恋恋風塵』(1987)のレビューです。美しい台湾の風景のなかで描かれる初恋の瑞々しさと痛み。台湾の巨匠の80年代を代表する作品がデジタル・リマスター版として2016年5月21日より全国順次公開。

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『恋恋風塵(れんれんふうじん)』

1987年/台湾/110分

監督:侯孝賢(ホウ・シャオシェン)

脚本:呉念眞(ウー・ニエンジェン)、朱天文(ジュー・ティエンウェン)

出演:王晶文(ワン・ジンウェン)、辛樹芬(シン・シューフェン)

レビュー

ずっと前方にうっすらと見える光を目指してトンネルを抜けると、そこは深緑の森が広がる景色に満たされている。そして物語の主人公である少年アワンと少女アフンが乗る列車は何度かトンネルを抜けて走っていく。列車のなか、数学のテストがうまくいかなかったことを悔やむアフンに、アワンは「教えてやったのに」と突き放す。そしてふたりは故郷の山村の田舎へと帰っていく。彼女の重い荷物をアフンは何も言わず持ってやり、アワンも彼のカバンを持ってやる。それは特別な行動ではなくこれまで何度も繰り返されてきた習慣なのだろう、その間のふたりのやり取りには「お願い」も「ありがとう」の言葉もない。繰り返されてきた毎日の一瞬を何の説明もなく切り取っただけだ。

侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の自伝的な作品の『恋恋風 塵』は最初から最後まで、淡々とした語り口で進んで行く。例えそれがとかく刹那の激しさで描きたくなるような青春の一コマだったとしても、重そうな三脚にカメラを乗せたままのアングルで、まるで他人事のような距離感を最後まで貫く。その不器用なまでの映像手法とは、この物語の主人公であるふたりの若者の距離感そのもので、親密なのに遠くて、引き寄せられるのに突き放すような「遠くても懐かしい」不器用さが本作の魅力だ。

『恋恋風 塵』は60年代の台湾を舞台に、ふたりの幼じみの成長を描いている。

アフンは成績優秀ながらも親に苦労させまいと中学卒業と同時に都会の台北に住み込みで働きにでる。口数は少なく自分の感情をストレートに表現することが決して得意ではない。

そしてアフンの幼馴染のアワンは、アフンに遅れること1年後、同じように台北に働きに出る。

物語は少年アフンと少女アワンの成長を通して、幼馴染のふたりの瑞々しい初恋とその儚さを描いている。言うなれば青春物語であり、ラブストーリーでもあるのだが、前述したような不器用さを理由に、青春や恋愛に付きもののお互いの本音は最後まで明確には明かされない。

久しぶりに台北で再開したふたりが何を考えているのかその口から語られることはない。一緒に映画を見て、買い物に出かけ、互いの生活を心配そうに伺い合うものの、その想いをお互いに交換しあうこともしない。まるでそうやって赤ん坊の頃から過ごしてきたのだというようにふたりは当たり前のこととして同じ青春を生きて行く。

しかしどれほど登場人物たちが黙して語らずの作品だとしても、1960年代の台湾の風習や景色たちが言葉少ないふたりに代わって様々な感情を代弁してくれている。その静かな情報量とは、過剰な親切心だけの意味のないセリフで埋め尽くされる昨今の映画事情と比べると、驚くほどに雄弁でもある。

冒頭の台湾の山村を蛇行していく列車からの風景や、人と騒音にあふれた台北の路地、ひっきりなしに交わされるタバコの煙と、空をゆっくりと横切る雲。そういった本来は意味のない風景もまた、初恋のなかにいる彼らを通して見ることで言葉とは違った経験としての意味を持つことになる。

また1960年代という近代化の最中とも言える合理性と土着性が共存する台湾にとっての青春時代を舞台にすることで、ふたりの淡い青春の一回性もまた強調されることになる。この映画にある「遠くても懐かしい」魅力とは、自分が経験したこととは全く違うのに、過ぎ去ったしまったことを惜しいと思えるような風景に満たされているからだろう。

終盤になってアフンが徴兵されることで物語が少しだけドラマチックに動き出す。戦時中とは違い徴兵がそのまま戦場を意味する時代ではない一方で、当時は中国と度々軍需衝突を繰り返していた。平和になったとは言え、人々の記憶にはまだ戦争が記憶されていた時代だ。そんななか徴兵のために台北を離れ故郷へと戻るアフンを見送るアワンは、列車が来るのも待たずに逃げるように駅を走り去っていく。物語の意味などほとんど考えずに観ていても、このシーンで本作が恋愛映画だったことに思い出すだろう。

そして互いの想いを理解していたはずのふたりは初めて離れ離れになる。そして任務中のアフンに送られてくるアワンからの手紙には近況報告に隠すように僅かばかりの心の機微が込められていた。

幼馴染のふたりがどうなってしまうのか。それは物語の最大の関心ごとなのは間違いない。しかしそもそも初恋にハッピーエンドなどありえるのだろうか? 土着的な信仰に篤いアフンの祖父は「すべては縁」だとその結末を納得するように、確たる原因も理由もないままに過ぎていく時間の経過とはこれほどまでに切ないものなのか。そしてその切なさもまた一瞬の慟哭とともに風に舞う塵のようにどこかへ吹き飛ばされてしまう。

タイトルの「恋恋風塵」という漢字がどのようなニュアンスで日本語に訳されるのかはわからないが、ただ「恋風塵」としたのではなく「恋恋」と繰り返されることで、それは特別なものではないことが強調され、さらにこの映画を観て掻き毟られるような淡い痛みが再現されているように思えた。

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恋恋風塵
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