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映画ジャーナル<ビーグル・ザ・ムービー>

ポール・ラッド主演『思いやりのススメ』レビュー/Netflixオリジナル映画

『アントマン』のポール・ラッド主演のロードムービー『思いやりのススメ』のレビューです。過去の過ちをきっかけに介護人となった主人公ベンが、筋ジストロフィーの患者トレバーと「世界一大きな穴」を見にいく旅にでる。共演はクレイグ・ロバーツ、セレーナ・ゴメスなど。Netflixのオリジナル映画。

The Fundamentals of Caring Netflix Movie 2016

『思いやりのススメ』

2016年6月24日Netflix放送開始/コメディ/97分

監督:ロブ・バーネット

脚本:ロブ・バーネット、ドナ・ジリオッティ、ジェームズ・スパイズ

出演:ポール・ラッド、クレイグ・ロバーツ、セレーナ・ゴメス

 

レビュー

『アントマン』のポール・ラッドが主演した『思いやりのススメ』は、Netflixオリジナル映画で最新映画を自宅で気軽に鑑賞できるという手頃さを差し引いても、近年は日本の劇場ではなかなか観られなくなった小粒ながらもストレートで良質なドラマ映画となっていた。

主人公ベン・ベンジャミン(ポール・ラッド)は新米介護人。かつては作家をしていたが、ある出来事をきっかけにしてペンを置いてしまった。そして妻とは別居し離婚するように迫られているが、どうしても書類にサインをすることができない。

そんなベンが初めて介護することになった相手はトレバー(クレイグ・ロバーツ)という少年。彼は筋ジストロフィーという進行性の不治の病に冒され、車椅子生活を送っている。全身の筋肉が衰えていく病気で、やがては呼吸すらできなくなってしまう。トレバーは母親と二人暮らしで、彼女が仕事に出かけている間の介護人としてベンが選ばれた。しかしトレバーは病気のせいか独特のユーモアと気難しさを併せ持っており、介護人もなかなか長続きしないのが常だった。

それでもなぜかトレバーのメガネにかなったベンは、シモの世話から食事の世話まで任せられるようになる。

そんなある日、トレバーはベンが抱えていた悲しい過去を無神経にも暴き出してしまう。怒ったベンはトレバーを怒鳴りつける。「お前みたいに外の世界も見ようとしないで部屋に閉じこもっているガキに何がわかる!?」

確かにベンの言う通りだった。トレバーは病気をいいことに自宅の近くから離れようともせず、毎日テレビを見ては決まった食事をするだけの毎日。地図を広げては「世界で一番大きな穴」とか「世界で一番大きな牛」とかくだらないアメリカの名所を探して回るだけで実際にそこを訪れようともしない。殻に閉じこもったままだったのだ。

こうしてベンの発作的な怒りの言葉をきっかけにトレバーはベンに連れられて地図で眺めていた「世界で一番大きな穴」を目指して旅に出るのだった。

Fundamentalsofcaregiving2016

こういったあらすじだけでも『思いやりのススメ』が典型的なロードムービーなことがわかる。そして『ペーパームーン』や『菊次郎の夏』や最近では『ネブラスカ』といった作品もそうであるように、ふたりが旅に出るきっかけは偶然でも、旅を供にするのには理由がある。トレバーが世界の広さや恋を知るために出発しなければならなかったことと同じように、ベンもまた旅に出る必要があった。トレバーが病気を理由にして殻に閉じこもっていたことと同じように、ベンもまた過去の過ちを悔やみ続けそこから歩き出すことを拒否し続ける男だった。

介護中のベンがトレバーに「もし明日の朝に目が覚めて病気とか全部治っていたら何がしたい?」と尋ねるシーンは、ただの興味本位からではなく、ベン自身が「過去をなかったものにしたい」というありえない妄想に囚われていることを示している。病気を言い訳に消極的な人生を送ろうとするトレバーも、取り返せない過去の過ちを後悔し続けるだけの日々を送るベンも、根っこでは同じ病気にかかっていることがわかる。

こうして性格は違っても似た者同士のふたりの珍道中は、途中にセレーナ・ゴメス演じる口は悪いが真正直なヒッチハイカーや、出産のために里帰りするも車が故障して立ち往生していた女性を加えて、賑やかになる。その一方でトレバーの心の闇、そしてベンの悲しい過去が少しずつ明らかになっていく。

本作は90分ほどの小品だが、ロードムービーに必要な要素のほとんどが過不足なく盛り込まれていた。これは一度座ったらなかなか立ち上がれない劇場とは違う、Netflixという配信方式において視聴者を退屈にさせないためだったのだろうが、製作者の意図を過剰に重視する劇場映画の傾向とは真逆でとにかくテンポがよかった。

それはトレバーの人生とどこかでリンクするテンポの良さでもある。筋ジストロフィーは「いつか必ず死ぬ」病気と言える。もちろん人間とは「いつか必ず死ぬ」わけで、つまりトレバーの人生とはその終わりが普通の速度よりも早く訪れるという意味で、凝縮されているのだ。だからたった数泊の旅のなかでもトレバーは猛烈なスピードで成長する。病気であるがゆえに凝縮された人生を、それでも愛そうとする。

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一方でベンもそんなトレバーを通して隠し続けてきた心の闇と向き合うことになる。なぜ彼は作家をやめて介護人になったのか。やがて介護人という「人助け」を通して自分の過ちを救済しようとしていた、ベン本人すらも気がつかなかった残酷な動機がトレバーによって明らかにされる。誰かを助けることで自分が救われることはない。そもそも自分を救うために行われる人助けほど、助けられる側からすれば迷惑なものもない。このベンがベン自身を騙していた巧妙なレトリックとは、俗に言う「言い訳」というやつだ。僕も、あなたも、みんなも経験したことがあり、今もしているのかもしれない「言い訳」なのだ。

この自分で自分を縛り付ける「言い訳」からどうすれば逃れられるのだろうか?

答えは「世界一大きな穴」に隠されている。もちろんそれは「世界一大きな穴」である必要もないが、一方でベンやトレバーにとっては「世界一大きな穴」ではなければならなかった。つまり救いというのは「言い訳」のなかにあるのではなく、他愛もない景色な経験によってもたらされるということなのだろう。

トレバーの初恋の相手となるセレーナ・ゴメスのやさぐれ感も男ふたりの「しょんべん旅」を彩るには十分だった。

おそらくはこの手のストレートなドラマ映画というのがNetflixに代表されるような配信型作品の重要な柱となっていくだろう。そして視聴者としてはこのクオリティの作品が2時間ドラマを見る感覚で視聴できる環境というのは思いのほか幸福なように思う。

この映画を見るためだけでも無料体験してみる価値はある(Netflixの回し者ではないですよ)。

思いやりのススメ:

視聴ページ:『思いやりのススメ』Netflix

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思いやりのススメ
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