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ドキュメンタリー映画『ミラノ・スカラ座 魅惑の神殿』レビュー

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世界三大オペラ劇場の1つに数えられるミラノ・スカラ座の全貌に迫ったドキュメンタリー映画『ミラノ・スカラ座 魅惑の神殿』のレビューです。スカラ座に関わる様々な人間模様を通して12月7日のシーズン開始までを追いかける。パオロ・ソレンティーノ作品でも知られるルカ・ビガッツィが撮影する美しい映像にも注目。

『ミラノ・スカラ座 魅惑の神殿』

日本公開2016年12月23日/ドキュメンタリー/102分

監督:ルカ・ルチーニ

出演:ダニエル・バレンボイム、プラシド・ドミンゴ、ロベルト・ボッレ、アレッサンドラ・フェリ、ミレッラ・フレーニ

レビュー

これといった予備知識もない状態で『ミラノ・スカラ座 魅惑の神殿』を見たところで一端のオペラ通になれる訳ではもちろんないが、少なくともスカラ座が「オペラの殿堂」と賞賛される所以はきっと理解できるはずだ。実際、劇中にはクラシックやオペラのファンでなくても聞いたことのある音楽家たちの名前がずらりと並ぶ。ヴェルティ、プッチーニといった教科書レベルの偉人から、マリア・カラス、トスカーニ、ムーティ、パパロッティ、ドミンゴといった音楽家たちがいかにオペラ座を愛し、そしてオペラ座も彼らを愛していたことがほとんど隙間なく敷き詰められている。

ドキュメンタリーということもあるが、本作にははっきりとしたストーリーがあるわけでもなく、具体的なエピソードに焦点を当てて新しい真実を描こうとする類の作品でもない。関連する書籍を読み漁れば突き当たるような過去の逸話を積み重ねることでスカラ座を巡るひとつのエピックを伝えようとしている。

かといって本作がただ歴史を回顧するだけのドキュメンタリーとしてだけ観られるとするのなら、魂が息づくとされるスカラ座の意思とは反することになるだろう。『グレート・ビューティー 追憶のローマ』や『グランド・フィナーレ』といったイタリアの俊才パオロ・ソレンティーノ作品でカメラを回したルカ・ビガッツィは、現在から過去へと偉業を巻き戻す視点ではなく、過去から現在を通過していく様子を切り取ろうとしている。過去を語ることが目的ではなく、現在から未来を語ろうとするために過去が必要とされているだけだ。

だからドキュメンタリーでありながら役者たちが登場する。例えば、1898年ミラノのホテルの一室でヴェルディの最後も看取ったホテルマンといった無名の関係者から、コピー屋から楽譜出版者を興したジョヴァンニ・リコルティの妻や、マリア・カラスの衣装を担当したビキなど、歴史の目撃者たちがまるで時空を超えてカメラの前に現れたように、あの頃の出来事を昨日のことのように話している。

スカラ座はミラノの守護聖人である聖アンブロジウスの日の12月7日にシーズンが開始される。昔と変わらず現代でもその日を待ちわびた人たちがチケットを求めて列を作る。普段は劇場に足を運ばないような市民も、シーズンの始まりには自然と接することになり、初日が開ければ翌日のテレビや新聞には観客の素直は反応がトップニュースとして流れる。なんと近年では刑務所でも初日の公演が生中継されるというからミラノがいかに芸術と近しい間柄かよくわかる。日本では歌舞伎や能は熱心な愛好家によって支えられている反面、ミラノのオペラは上流階級だけではなく天井座敷に陣取るうるさ型のファンの愛憎入り混じる熱によって、その権威が受け継がれている。

映画ではそんなミラノ座をいくつかの側面から描き出す。歴史の証言、ファンたちの想い、そして12月7日をファンと同じように心待ちにしながらも同時に気を抜きくことが許されない舞台裏のスタッフたち。

オペラを愛するあまりに韓国から飛び込んできた若い女性スタッフは、言うなれば未来の証言者だ。

ヴェルディの死を看取った名もないホテルマンがスカラ座の歴史の目撃者であると同じように、出演者のスケジュールを管理し忙しく働く彼女はいつかスカラ座の歴史を語ることが求められるようになるのだろう。スカラ座は偉大な音楽家を多数輩出したが、その背後には無数の無名の証言者によって支えられている。偉人たちの視線は常に高い。ゆえに彼らは足元を見ない。しかしそんな彼らを支えてきたのは、足元の人々だった。

時間という軸だけでなく、名声という軸においても、隅々まで血が流れてこそ、スカラ座は時代と身分を越えて「今も生き続ける」ことが許されたのだろう。

もちろんきっといいことばかりではないはずだ。一時は賭博場としても機能していたスカラ座には純粋な芸術活動だけでなく、様々な思惑が渦巻いていただろう。政争の具に使われたり、その内部では権力抗争もあっただろうし、名声を競っての謀略さえも渦巻いていたはずだ。

しかしそれもスカラ座が生きている証拠だと本作は仄めかす。人間と同じようにその内部は決して美しいだけではない。それでも一度幕が上がり、指揮者のタクトに合せて音楽が流れれば、あらゆる諍いも忘れ、スカラ座は醜さなどおくびにも出さず、今も昔も変わらぬ荘厳さを見せつける。それこそがスカラ座が生きている証拠なのだろう。

途絶えることなく呼吸し続けるスカラ座の過去と未来とをつなぐ途中経過を、すぐそばから眺めさせてくれるような作品だった。

『ミラノ・スカラ座 魅惑の神殿』:

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ミラノ・スカラ座 魅惑の神殿
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