こんな世の中なら、動物にだってなりたいよ、、、、。第68回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した『ロブスター』のレビューです。45日以内にパートナーを見つけなければ動物に変えられ森に追われる近未来を舞台にした寓意とディストピアの物語。豪華出演陣にも注目。
『ロブスター』
全英公開2015年10月16日/日本公開2016年3月5日/コメディ/118分
監督:ヨルゴス・ランティモス
脚本:ヨルゴス・ランティモス
出演:コリン・ファレル、レイチェル・ワイズ、ジェシカ・バーデン、オリビア・コールマン、ジョン・C・ライリーほか
作品解説
アカデミー外国語映画賞ノミネート作「籠の中の乙女」で注目を集めたギリシャのヨルゴス・ランティモス監督作品。
独身者は身柄を確保されてホテルに送り込まれ、そこで45日以内にパートナーを見つけなければ、動物に変えられて森に放たれるという近未来。独り身のデビッドもホテルへと送られるが、そこで狂気の日常を目の当たりにし、ほどなくして独り者たちが隠れ住む森へと逃げ出す。デビッドはそこで恋に落ちるが、それは独り者たちのルールに違反する行為だった。
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レビュー
ちょっと前の話だけど、日本でも動物占いなるものが流行った。聞けば、自分を象徴する動物をもとにして性格分析から恋愛相談、果ては未来のことまで見通せてしまうという。すごいの一言だが、その前に人間をわざわざ別の動物に置き換える意味がよく分からない。人間は動物の一種であり、犬や猿や象と同じように人間も動物のはずなのに、なぜ人間だけ別のカテゴリーに分けられるのだろうか。
そんな捻くれた疑問も本作『ロブスター』を観ると何となく解決した気分になる。
舞台は近未来のディストピア世界。そこでは一人身の人間は価値がないとされ、有無を言わさず婚活ホテルに収容されてしまう。コリン・ファレル演じる主人公デイヴィッドは妻に逃げられた建築家で、同じように事情があって一人身の男女が集められたホテルに送られる。
この世界には奇妙なルールがあった。ホテルに滞在できる期間は45日と決まっており、それまでにパートナーを見つけられなかった者は、収容時に申告していた「なりたい動物」に姿を変えられ、近くの森に放たれるというのだ。事実、デイヴィッドの兄はそうやってパートナーを見つけられず犬になっている。
45日間の期限を前に、デイヴィッドは何とかパートナーを見つけるも、その女がどんでもない奴だったので逃げるように森に迷い込んだ。そこにはデイヴィッドと同じように奇妙なルールに反発するグループがレジスタンスとして活動しており、デイヴィッドも加わることにする。しかしレジスタンスもレジスタンスで恋愛禁止という鉄のルールがあった。
恋をしなければならない世界から、恋をしてはいけない世界に逃げ込んだデイヴィッドは、皮肉にもそこでひとりの女性に出会ってしまうのだった。
とにかく奇妙な映画だった。カンヌ映画祭の「ある視点」賞を受賞してヨルゴス・ランティモス監督の名を世界に知らしめた『籠の中の乙女』ではある特殊なルール下での家族模様を描かれていたが、本作では特殊なルールを社会そのものにまで拡大し、ディストピアで滑稽な風景を描き出している。
映画のジャンルとしては恋愛コメディとなるのかもしれないが、それはメグ・ライアン(古いか、、)が得意とした恋愛コメディとは当たり前だが全然違っていて、かといって他に似ている作品も思いつかない不条理で脱力した雰囲気を醸し出している。
まず主人公デイヴィッドは生まれ変わりたい動物として真面目に「ロブスター」と答える。理由を聞くと長生きできるから、という「しょうもない」答えを真面目に返すあたりに、この世界の滑稽さと絶望感が凝縮されている。他にもジョン・C・ライリーがホテル内で禁止の自慰行為に及んだためにトースターで手を焼かれるとか、ベン・ウィショーが女の子の気を引くためにわざと鼻血を出すなど、普通ならパンチラインとして作用しそうなプロットでも登場人物はくすりともしない。レイ・ブラッドベリの『華氏451』では消防士が本に火を付けるなど、こういった笑えない滑稽さはディストピア社会には必要不可欠なのだが、本作にはディストピア的独裁主義の弊害のようなものが意図的に隠されているから、つかみどころがない。
本作のテーマとか寓意性とかは真面目に語るだけ野暮になりそうだが、独裁的な社会に対抗するためには独裁的な方法をとらざるを得ないという矛盾は、どこか現在の中東情勢なんかを想起させるのだが気のせいだろうか。たぶん気のせいだ。
そんな小難しいことが見ている最中に何度か脳裏をよぎったのは確かだが、でも体裁としてはやはり恋愛映画と呼ぶべきだろう。恋愛することを強要されることから逃げ、恋愛しないことを強要されることからも逃げる主人公が、その逃亡の果てで見つけた恋愛の形とは驚くほどにピュアなものだった。それはカマキリの交尾に見られる犠牲精神や、チョウチンアンコウの同化性と同じように、恋愛を飛び越えた強い繋がりに思わず引いてしまいそうになるほどにピュアなのだ。
恋愛を前提とする限りいかなるルールも社会も倫理観も邪魔にしかならない。きっと人間はどこかでその息苦しさにげっそりしているから動物占いなんてものにすがるのだろう。動物占いとは、人間の複雑さをもっと単純な動物に重ねることで自分を明確化する目的というよりも、ただこの人間社会に疲れ果てた僕たちの動物への憧れがそうさせているのかもしれない。
事実、この『ロブスター』に幸せそうに見える人間は登場しない。みんな塞ぎ込み、感情がない。それならば森のなかを飛び回るクジャクや豚や犬やポニーやロブスターのほうがずっとましなのかもしれない。
人間の世界において自由なんてものはない。あるのは管理とルールと独裁者による終わりなきクーデターだけ。そんな真っ暗なディストピアの未来としてこの『ロブスター』には妙な説得力があった。
ちなみにロブスターには寿命がない。脱皮するたびに臓器も新しく入れ替わるため、ロブスターには老衰がない。死ぬときはいつでも食べられる(殺される)ときだけだ。だからこそ美味しいのだ。
『ロブスター』:
ということで『ロブスター』のレビューでした。本作を観てからヨルゴス・ランティモス監督の『籠の中の乙女』を見たのですが、『ロブスター』のほうが分かりにくいというか、そもそも考えることを期待していないという作りになっています。「迷わず見ろよ、見ればわかるさ」という感じなんでしょうが、実際には見てもよくわかりませんでした。でも評価はすこぶる高いので是非ご覧になってください。あとちょっと目を背けたくなるような残虐描写もありますが、それもまたディストピアでいとおかし。オススメです。以上。
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