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映画『ミモザの島に消えた母』レビュー

『サラの鍵』の原作者タチアナ・ド・ロネの小説を映画化したサスペンス『ミモザの島に消えた母』のレビューです。30年前「ミモザの島」と呼ばれる島で謎の死を遂げた女性の息子が、その死の真相を探し求めなかかで明らかになる母のもうひとつの顔とは。

Mimoza

『ミモザの島に消えた母』

日本公開2016年7月23日/サスペンス/101分

監督:フランソワ・ファブラ

脚本:フランソワ・ファブラ

出演:ローラン・ラフィット、メラニー・ロラン、ウラディミール・ヨルダノフ、オドレイ・ダナ

レビュー

冬にはミモザの花が咲くことから別名ミモザの島と呼ばれるノアールムーティエ島はフランスの西海岸に位置し、引き潮時の数時間だけは本土と島をつなぐ道が現れる風光明媚な島。

『ミモザの島に消えた母』は親子4代に渡る秘密を巡る葛藤を描いている。主人公は二人の子供の父親であるアントワーヌ。彼が10歳の時にミモザの島で母が謎の死を遂げた。その死に隠された秘密と嘘が30年という時を超えて徐々に明らかになっていく。その意味で本作はサスペンス映画と言えるのだろうが、物語の主題は「母の死」に関する秘密の暴露にあるのではなく、時代の変化によって暴かれる過去の過ち、言うなれば時間の残酷さを描いた作品だった。母の死というサスペンスを物語の縦軸にしながら、「時が全てを解決する」という言葉に往々にして秘められる、真実の曇りを扱っている。

二人の子供の父親であるアントワーヌは妻と別れ、精神的に不安定になっている。そんな彼の脳裏には、30年前に死んだ母親の幻影が離れなくなった。しかし家族は誰も30年前の出来事を語ろうとはしなかった。口をつぐみ、まるで母の死だけでなくその存在そのものを消し去ろうとするようにタブー扱いしていた。それに対し何かに取り憑かれたように母の死の真相を探り始めたアントワーヌだったが、その姿を妹のアガットは冷めた目で見つめ、子供たちとの関係もギクシャクし、仕事まで解雇されてしまう。

それでもアントワーヌは死んだ母親の秘密を探し続ける。

ローラン ラフィット

2時間をゆうに切る映画でありながら、驚くほどに密度の濃い作品だった。

状況説明や登場人物の心境を決して言葉では語らせず、表情や風景に代弁させるため、なかなか登場人物たちの本心が露わにならない。それが本作のサスペンスとしての要素を際立たせ、物語の緊張感を途切れさせない効果を担っている。物語の最後に隠していた心の声のすべてが簡潔に吐き出される時、見つめる観客の心もまた激しく揺さぶられるだろう。

母の死の真相を探し求める過程で露わになる、親子4代に渡る秘密と嘘。マイク・リー監督のタイトルもずばり『秘密と嘘』と似たような主題を扱いながらも、こちらは親子関係のなかにも存在する「秘密と嘘」が悪意によって支配されてしまった悲劇を描いている。そしてその悪意を出発とした家族内の秘密と嘘は、その対象を乗り換えることで増殖し、全く別の関係性のなかにも感染していく。

秘密と嘘の間に横たわるのは時間だ。秘密を秘密のままで保持しようとした場合、それは嘘となる。嘘をつくことで守られた秘密とは、真実の形さえも歪められた悪意にもなり得る。

主人公アントワーヌは家族が守り通そうとした母の死に関する嘘に感染していた。しかし彼はその嘘のせいで自分がおかしくなっていることに気がついた。だから家族の反対を押し切ってでも母親の死の真相を突き止めようとする。それはただの嘘や秘密なのではなく、彼自身の存在そのものを傷つける類の悪意であることを感じ取り、これ以上汚染されるわけにはいかないと決意するに至る。例え父親や祖母から非難されようと、辞めることはできない。

一方でアントワーヌの妹のアガットは、母の死に固執する兄に苛立ちを覚える。その理由はおそらくは彼女本人にも分かっていないのだろうが、物語が進むことで、彼女の心に変化が訪れることになる。幼少の頃に母親と一緒に過ごしていたはずなのに、なぜその顔を思い出せないのか? なぜともに過ごした日々を思い出せないのか?

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確かに時間だけが癒せる傷というのもあるのだろう。しかしその傷とは自分の罪を受け入れた上ではじめて遠のいていく痛みであり、ふさがれていくものに限られる。罪を時間の流れのなかに放り投げることで癒される痛みというのは嘘でしかない。時間が経てば真実は埃に塗れるのかもしれないが、その真実がもたらす罪は決して目減りしたりせず、逆に無関係の被害者を生み出す結果になる。

本作の主人公はアントワーヌだが、物語の主題を体現するのはアガットと言える。そして母親の死を巡る嘘に最も傷つけられていたのも彼女だった。なぜなら彼女は兄アントワーヌよりも母親から多くを引き継いでいたはずだから。

そんなアガットが母の死の真相へと繋がる、ある特別な記憶を蘇らせるきっかけとなるのが、アントワーヌの娘マルゴだった。彼女もまた父のアントワーヌに秘密を持っている。しかしマルゴはアントワーヌの家族がそうしたように真実を秘密として時間の渦のなかに放り込もうとはせず、すべてを打ち明ける勇気を持っていた。まだ若い彼女だが、おそらくは自分の父親が苦しむ姿と接することで、秘密と時間が結託することで生み出される嘘の暴力性に気がついていたのだろう。マルゴの勇気はやがてアガットの記憶を揺り動かし、そしてアントワーヌの信念を後押しすることになる。そして彼女の勇気は、会ったこともない美しい祖母の魂さえも浄化する。

前半から中盤にかけてはサスペンスを優先させるために登場人物たちの心境が隠され続ける。そのせいで物語の展開に強引さが目立つこともあるのだが、後半にかけて一気に謎が収束していく流れは見事だった。強引に登場するキャラクターたちにも実は重要な役割があったことがわかり、その存在が傷ついた家族の癒しにもなっている。

それぞれの人生の一部を重ねながら紡がれる家族の歴史のなかで繰り返される後悔と懺悔。そして新たな世代が新しい価値観を持ち込むことで達成される癒しの瞬間を見事に切り取った作品だった。

『ミモザの島に消えた母』:

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ミモザの島に消えた母
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