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映画『スノーデン』レビュー:オリバー・ストーンが描く故郷を失った英雄の正しさ

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アメリカ政府による非合法な個人情報監視の実態をリークした元NSA職員エドワード・スノーデンの実話を社会派監督オリバー・ストーンがメガホンを取り、ジョセフ・ゴードン=レヴィット主演で映画化した『スノーデン』のレビューです。なぜスノーデンは自分の人生を捨ててまで汚れたアメリカの真実を伝えたのか?

『スノーデン』

全米公開2016年9月16日/日本公開2017年1月27日/ドラマ/134分

監督:オリバー・ストーン

脚本:キーラン・フィッツジェラルド、オリバー・ストーン

出演:ジョゼフ・ゴードン=レヴィット、シェイリーン・ウッドリー、メリッサ・レオ、ザカリー・クイント、トム・ウィルキンソン、スコット・イーストウッド、ニコラス・ケイジ

『スノーデン』レビュー

2013年6月、香港のホテルから世界中を巻き込むスクープが発信された。

その渦中にいたのはNSA及びCIAでアメリカの情報収集活動に関わっていた元局員エドワード・ジョセフ・スノーデン。

彼は勤務地だったハワイの基地から当局に黙って持ち出した文書を持って香港に渡航。そこで以前から暗号を駆使してコンタクトを取っていたアメリカ人ジャーナリストのグレン・グリーンウォルドと、ドキュメンタリー映像作家のローラ・ポイトラスと接触し、アメリカ政府が秘密裏に行っていた違法な諜報活動を内部告発する。

その事実はイギリスの「ガーディアン」のスクープとして世界中を駆け巡った。人権を重んじるはずのアメリカ政府が世界中のメールやチャット、その他のコンピュータ上の個人情報を議会の承認なしで盗み見ていた事実は、アメリカだけでなく世界の民主主義を根底から揺るがした。

本作『スノーデン』は日本のアニメやゲームを好むギークな愛国青年だったエドワード・スノーデンが、なぜアメリカ政府を敵に回し、金銭的にも恵まれた職場を裏切り、そしてアメリカ人としての生活を捨ててまで世紀の告発を行うに至ったのかを描いている。

監督はアメリカの腐敗と矛盾を糾弾し続ける社会派オリバー・ストーン。

そしてどこにでもいるような線の細い青年スノーデンを演じるのは『(500)日のサマー』『ザ・ウォーク』のジョセフ・ゴードン=レヴィット。

英雄に憧れて

大学を中退後に兵役に志願した保守的な青年が、戦場の現場を経験することで価値観を改め、反体制の急先鋒となる。これはオリバー・ストーン監督が経験した挫折と反発の概略だ。

東部名門大学を中退後にベトナム戦争に志願し、危険な戦場を体験したオリバー・ストーンは戦争前と戦争後ではまるっきり別人になった。アメリカの理念に憧れ保守的な傾向を持っていた青年は、ベトナム戦争を経験することで、戦場にも行ったことのない連中が戦争の行方を決定できてしまう国家システムに幻滅する。

その40年後、情報工学の分野で目覚ましい技術を持っていたひとりの青年は、激化する中東情勢を憂い、その激戦地だったイラクへの派遣を志願するも、訓練中に両足を骨折する重傷を負ってしまう。国を憂いた英雄志願者だったエドワード・スノーデンは失意のなかで除隊を余儀なくされるが、その後NSA、CIAとコンピュータセキュリティに関する仕事を得ると日本を含む各国に派遣され情報戦争の要職を務めることになる。

当初、彼はわかりやすい愛国者だった。

『攻殻機動隊』などの日本のアニメを愛好する傍で、『スター・ウォーズ』やジョセフ・キャンベルの『千の顔を持つ英雄』といった英雄の物語とその分析にも強い関心を持っていた。多くの愛国者がそうであるように、彼もまた英雄に憧れ、戦場という試練を経験することで自分もまた英雄になることに憧れていた普通の青年だった。

「現代の戦場とはいたるところに存在する」というスノーデンの上司の言葉は、戦いという試練を求めつつも挫折した青年にとっては願ってもない現実のはずだった。実際に銃を担いでイラクに行かずとも、ラングレーで、横須賀で、ハワイで、肉体を酷使しない知能戦という現代の戦争を経験することを通して自分が英雄になれるのかもしれない。運動は苦手で体力もなかったスノーデンにとって、それは自らの欠点を消し去り、長所のみを活かすことができる戦いであり、英雄となるための通過儀礼となるはずだった。

しかし現実は神話やアニメとは違っていた。

英雄に憧れた青年に試練として与えられた任務とは、盗聴、盗撮、事件のでっち上げ、脅し、といった違法行為ばかり。銀行員を情報提供者として囲うためにストリップバーで酒を飲ませ、飲酒運転をでっち上げて取引する。議会で否定したはずの一般人の盗聴やメールの不正取得を当たり前のように繰り返す。

そんな日々の中、アメリカを信じ英雄に憧れたエドワード・スノーデンは政府に対して強い不信感を抱くようになる。そして、2013年6月に世紀の告発へと至る。

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帰還が許されない英雄

9.11以降露呈した、情報がもたらす安全と自由を巡る問題のなかでもエドワード・スノーデンは象徴的な人物だ。

例えばウィキリークスのジュリアン・アサンジのように秘密主義に徹するわけでも政治的な立場を鮮明にするわけでもない。スノーデンの告発とは彼自身がその動機として述べるように、アメリカ国民と関係国に対して、アメリカ政府が非公開のもとで行っていた活動が正しいか否かを判断する材料を提供したまでだった。告発の早い段階から彼は自分の顔を世界中に晒しており、告発の対価を求めたわけではない。

その意味で、彼はジュリアン・アサンジよりも、アーロン・スワーツの方にずっと近い。

政治や社会の透明性を訴えでネット上での活動家としての顔をもったアーロン・スワーツは論文データベースから不法なダウンロードに関与したとして35年というバカみたいな懲役を求刑されたのち、首を吊って死んでしまった。スワーツは政府や限られた権力だけが情報を掌握することに対して戦った人物だった。そしてスノーデンもまた政府内部から、権力だけが好き勝手に情報を掌握できる現状に対して強い疑問を抱くことになる。

それは決して政治問題ではない。人間としての自由に関する問題だ。

個人の自由と尊さを信じる者たちにとってアーロン・スワーツも、そしてエドワード・スノーデンも、自分たちが知り得ない大切な情報を解放したという意味で英雄だった。

スノーデンにとって世紀の告発に至った心理的経緯のなかに、英雄への憧れが含まれていることが間違いないだろう。英雄になりたかったからこそアメリカ政府の違法な活動が許せなかった。そしてそれを正さなければならないと行動に至る。どこか『キャプテン・アメリカ』のスティーヴ・ロジャーズを彷彿とさせるが、やはり現実にシナリオはない。

英雄に憧れた青年が、当初の想像とは全く違う形で英雄になってしまった結果、彼は故郷を失ってしまった。劇中ではわざわざスノーデン自身にジョセフ・キャンベルの『千の顔を持つ英雄』について言及させることで、この事実は厳しい皮肉として強調されることになる。

ジョージ・ルーカスが大学でその講義を受けたことで『スター・ウォーズ』にも大きな影響を与えたことでも知られる『千の顔を持つ英雄』では世界中の神話や英雄譚を分析することで、「旅立ち」「試練」「帰還」という三つの基本原則を発見する。英雄は、「旅に出て」、「通過儀礼を経験」し、そして「故郷に帰還」することで、その物語は英雄譚として完結する。『スター・ウォーズ』に限らず『指輪物語』『ハリー・ポッター』などもその原則に倣っている。

しかしスノーデンの場合はこの定型には当てはまらない。

なぜなら彼は故郷を失っているからだ。スノーデンは祖国であるアメリカに帰れば終身刑が課せられる可能性もある。ハッカーでもなく、学術論文をダウンロードしただけのスワーツに35年の懲役を求刑するのだから、アメリカの安全保障の秘密をばらまいたスノーデンにはどれほどの罪が課せられるのか考えただけで帰る気も失せる。彼は公正な裁判が行われるのなら帰国する意思を示しているが、あのオバマでさえもスノーデンを「ハッカーの犯罪者」と切り捨て、FBIはNSAの盗聴問題は情報収集であり違法性はないとしてスノーデン逮捕を明言した。

次の大統領の顔を思い出せば、英雄の帰還は事実上不可能だろう。

オリバー・ストーンがアメリカの恥部を描くということで、そのラストはスノーデンの英雄性が強調されることになっている。しかし彼はどれだけ賞賛され、ノーベル平和賞の候補に挙げられようが、帰還することができない。

つまりその英雄譚に終わりはない。スノーデンは英雄になることで故郷を失うという現代的な皮肉を体現してしまっているのだ。

映画そのものとしては、オリバー・ストーンの作品ということもあり政治的に偏った印象を受ける。特にスノーデンの上司たちの描き方はあまりにも純粋な「悪」として強調されすぎている。この一連の問題においてもっとも慎重にならなければいけないはずの善悪の対照があまりに露骨なのだ。まるでオリバー・ストーンがエドワード・スノーデンの苦境を通して自らの正しさを証明しようとしているようでさえある。

40年前の自分自身と重ね合わせたくなる気持ちもわかるが、社会派監督という政治批判が許される立場になったオリバー・ストーンと、全てを捨てて情報を開示したスノーデンの立場は本質的に違う。いくらスノーデンを英雄として強調したとしても、ベトナム戦争での監督自身の幻滅が美しい挫折として浄化されることはないし、あってはならない。

エドワード・スノーデンを描いた作品にはアカデミー賞を受賞したドキュメンタリー『シチズンフォー スノーデンの暴露』がある。フォーマットが違う作品だと知った上でも、テーマ及び対象が重なる作品とすれば、本作はその濃度と深度いずれにおいても劣っている。

エドワード・スノーデンが告発を通してすべての人に正しさを巡る判断を委ねたこととは逆に、オリバー・ストーンは結論を提出しようとする。その姿勢はスノーデンが体現する無償の英雄性を強調すればするほどに偏って見えてしまう。

『スノーデン』:

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